元日本代表の名ボランチが語る“阿吽の呼吸” 最も「コンビを組みやすかった選手」は?

日本代表やジュビロ磐田の黄金期を支えた福西崇史氏【写真:Getty Images】
日本代表やジュビロ磐田の黄金期を支えた福西崇史氏【写真:Getty Images】

福西崇史氏が現役時代にボランチでコンビを組んだ選手を回顧 「ヒデには…」

 1990年代後半から始まったジュビロ磐田の黄金期を長年にわたって支え、日本代表でもフィリップ・トルシエ監督、ジーコ監督の下で国際Aマッチ64試合に出場。日本サッカー界の中でも福西崇史氏ほど、多彩な名手たちとボランチでコンビを組み、トップレベルの試合を経験した選手はいないだろう。

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 今回はそんな福西氏に現役時代を振り返ってもらい、ボランチでコンビを組んだ選手の中からプレーしやすかったパートナーなどについて語ってもらった。

   ◇   ◇   ◇

 福西氏が日本代表にデビューしたのは、1999年6月にパラグアイで開催されたコパ・アメリカ(南米選手権)のペルー戦(2-3)だった。それ以来、A代表として64試合でプレー。2002年日韓大会、06年ドイツ大会と2度のワールドカップ(W杯)に出場し、04年アジアカップ中国大会では優勝に貢献している。

 数々の痺れるようなビッグゲームに、攻守の要であるボランチとして出場してきた福西氏は、「基本的に代表では、僕がどっちかというと合わせるタイプ」だったと振り返る。

「ヒデ(中田英寿)には攻撃をやってもらいたいから、僕は攻撃をすることを抑えましたし、(小野)伸二や(小笠原)満男の時もそうですね。逆に(中田)浩二と組んだ時は、どちらかというと僕が『攻撃に行くわ』という感じでプレーさせてもらっていました」

 挙げられた選手名はいずれも日本サッカー史に名を残す名手ばかりだが、そのなかで「ボランチでコンビを組み、最もやりやすかった選手」について聞くと、福西氏は迷わずにこう答えた。

福西崇史氏が一番やりやすかったと語った元日本代表MF遠藤保仁【写真:Getty Images】
福西崇史氏が一番やりやすかったと語った元日本代表MF遠藤保仁【写真:Getty Images】

「ヤット(遠藤保仁)が一番やりやすかったですね。(ボランチとして)同じタイプ、同じ考え方なんだけど、同じことをしなくて済む。どちらかが守備をしたら、どちらかが攻撃をするというのが、早くに分かっていたというか。話さなくてもできるじゃないですけど、そういう感覚は代表で言えばヤットが一番やりやすかったですね」

 もちろん選手としてのプレースタイルは、司令塔タイプの遠藤と対人や高さなどに強さを見せた福西氏では異なったが、どちらか一方が攻撃、守備に偏ることがなく、「コンビとしての関係性で言うとフィフティーフィフティー」だったという。

「相手の左が強ければ、こちらの右が守備的になればいい。その相手が凄く体の強い選手なら僕が行けばいいとか、試合が始まってみて、そのあたりは確認しながらやっていました」

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