教え子の成長に“丁寧に寄り添う” 部活指導で痛感した「休ませることの大切さ」

(左から)鹿島の白崎凌兵、代表にも選ばれた前田大然、FC東京の渡辺剛【写真:高橋学 & Getty Images & 小林靖】
(左から)鹿島の白崎凌兵、代表にも選ばれた前田大然、FC東京の渡辺剛【写真:高橋学 & Getty Images & 小林靖】

【高校、ユース、Jを率いた吉永一明の指導論|第3回】指導した白崎、前田、渡辺のプロでの成長を実感

 吉永一明(現・アルビレックス新潟アカデミーダイレクター兼U-18監督)は、2009年に山梨学院高校のヘッドコーチに就任すると、同校を選手権初出場で初優勝に導いた。24時間選手に寄り添うことをテーマに着任し、最初の2年間は接していない3年生が軸になっていたこともあり、自身はこの全国制覇を「実績としてカウントしていない」と言う。だが現実には吉永の着任で、部活を取り巻く空気や規律、トレーニング内容から公式戦での戦術的な指示までチームは一変しており、この変革なくして快挙はなかった。

 翌年からは肩書きを監督に変え、計7年間の在籍中に関わった14人の選手たちが大学経由も含めてプロの道を歩んだ。特に吉永の着任とともに入学してきた白崎凌兵(現・鹿島アントラーズ)は、自身が3年間を通して接した最初の世代で、2011年には唯一2年生で日本高校選抜の欧州遠征に参加。3年時には、7つのJクラブで争奪戦となった。

「白崎には、彼の良さを失わないように自由を与える部分と絶対にやらなければいけない部分を身につけさせたいと思っていました。特に守備の意識と献身性は大事だと考えていたので、今のプレーを観ているとそこは評価されているのかな、と思っています」

 一方、前田大然(現・マリティモ)の変貌ぶりには、吉永も驚きを隠せない。

「大然はポテンシャルを人のために活かす。つまりチームへの献身性がつけば嫌な選手になれると思いました。いろいろありましたが、そこまで変われるかと思うくらいの成長を感じています。これから一層怖い選手になってほしいですね」

 また中央大学へ進学した渡辺剛は、卒業するとジュニアユースまで過ごしたFC東京と契約し、元韓国代表DFチャン・ヒョンスが抜けた穴を埋め、今では東京五輪を狙える位置まで進化している。

「剛は遅咲きの選手だと思っていたので、ミスや精神的な不安定さにはかなり目をつぶって我慢しました。ようやく大人になった感じはします」

 ただし吉永の指導者としての真髄は、こうして成功しつつある選手だけではなく、どんな道に進んだ選手とも丁寧に寄り添っているところにある。

 例えば自身のフェイスブックでは、ある教え子の誕生日を毎年祝っている。山梨学院OBの彼は、職場で執拗なパワハラを受けて自ら命を断った。おそらく数千人にも及ぶ教え子の中で、彼の誕生日をしっかりと刻み込み、必ず「いつも一緒だよ」と天に語りかけているのだ。

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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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