Jリーグ審判員の実情「恵まれていない」 欧州と明確な差、必要な環境整備も…直面する「莫大な費用問題」

決して単純ではない審判レベル向上の問題
藤枝MYFCの槙野智章監督による発言が物議を醸している。10月24日に行われたJ2リーグ第13節の徳島ヴォルティス戦、ペナルティエリア内で相手選手の手にボールが当たったように見えた場面でPKが与えられず、試合後のフラッシュインタビューで感情を露わにしたのだ。
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「誰かが代表して言わないといけない。誰も言わないから僕が言いますけど、マジでレベル低いので」
「後で意見書を出して『あれはファウルでした、ハンドでした』って言われてももう遅いんでね。見えないのはダメだよ。全員見えてんだもん。フォース(第4の審判)もいる。副審も目の前だし、主審も前だし、フォースも見えてるし。抗議したらイエローカードもらうんでね。これダメだね」
さらに「マジでJ2のレフェリーのレベルを上げないと壊れます。本気でワールドカップで世界一を目指そうと言っているなかで、こういうレフェリングをしたらダメ」と畳みかけた。
この件について、Jリーグの規律委員会は発言が「審判員の判定に対する悪質な抗議」に相当するとして槙野監督に2試合の出場停止(ベンチ入り停止)と10万円の罰金処分を科している。
槙野監督は試合直後ということもあって多分に感情的ではあるものの、映像を見返せばハンドでPKと判定されるべき場面だったのは確かだろう。「レフェリーのレベルを上げなければならない」というのは、感情面を抜きにして考えても当然のことだ。
しかし、一口に「レベル」と言っても、問題はそう単純ではない。ここには大きく分けて2つの「レベル」の課題が存在している。
1つは、主審個人の判定精度やポジショニングという「技術・経験のレベル」だ。
この日の主審はJ2担当42試合目。選手に例えれば2~3年目の若手にあたる。レフェリーは過酷な体力テストをパスしてピッチに立っている以上、走れなくて見逃したわけではないだろう。混戦のなかで「どこで何が起きそうか」という予測の質とポジショニングの妙は、実戦経験を重ねて磨いていくしかない部分が大きい。
確信が持てない場面で推測によって笛を吹かないという姿勢自体は、審判の鉄則として正しい。ただ現代サッカーにおいて、死角をなくすために4人の審判員だけでピッチ全体を完全にカバーするのは物理的に不可能に近い。
特に第4の審判員は交代手続きやベンチコントロールに追われ、ピッチ上の細部まで注視し続けるのは困難だ。だからこそ世界中でVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入されている。
ここで2つ目の「レベル」――すなわち審判員を取り巻く「環境・待遇のレベル」という壁にぶち当たる。
J2にVARを導入する場合、以前関係者に取材した試算ではざっと5~6億円の費用がかかると言われていた。さらにVARを運用するには1試合あたり審判員が約1.5倍必要となり、相応の人材育成コストも発生する。
そもそも、日本の審判員の待遇は海外トップリーグと比べて決して恵まれてはいない。スペインでは年収4000万円を超えるトップレフェリーがいるのに対し、日本ではプロフェッショナルレフェリー(PR)でも1000万円強にとどまる。多くの審判員は本業を持ち、有給休暇をやりくりしながらJリーグの笛を吹いているのが実情だ。
審判員の生活基盤が不安定なままでは、判定の質を高めるための研修やトレーニングに割く時間にも自ずと限界がある。優秀な人材を惹きつけ、全体のレベルを引き上げるためには、報酬をはじめとする環境整備が不可欠だ。
では、その莫大な原資を誰がどう捻出するのか。
チケット代を一律500円値上げすれば(2025年のJ2年間入場者数・約338万人で試算)、約17億円を生み出せる。あるいは各クラブへの均等分配金(J2で1クラブあたり約1億500万円)を削って審判予算に回すか。
さらに言えば、スタジアムにVAR機材を常設できないクラブには施設改修を求めるか、代替地での開催を義務づけるといった厳格なライセンス運用も必要になる。
「レベルを上げろ」と叫ぶのは簡単だ。しかし、それを実現するためには、クラブもサポーターも痛みを伴うコストを負担する覚悟が求められる。槙野監督の発言は、そうした日本サッカーが長年先送りにしてきたパンドラの箱を開けたと言える。
サッカーという競技はもともと、審判を置かずキャプテン同士の話し合いで判定を決めることから始まった。やがて揉め事を防ぐため、両チームが合意のうえで「信頼できる公平な第三者」をピッチに招き、判定を一任した。それがレフェリーの起源である。だからこそ「ピッチ上の判定には従う」という精神が、このスポーツの根幹にある。
感情に任せて審判を糾弾するだけで終わらせてはならない。ミスを責め立てる前に、私たちはレフェリーに過度な負担を強いていないか。この騒動を、日本サッカー界全体が審判のプロ化と環境整備に本気で向き合うための契機にすべきである。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。





















