W杯戦士が抱いた大志「北朝鮮監督として」 かつて戦った大舞台へ…必要な実績「J1タイトルあれば」

理想のサッカースタイルと指導者としての夢
現役時代に北朝鮮代表FWとしてJリーグで長く活躍した鄭大世氏は、今年8月からY.S.C.C.横浜のコーチを務めている。理想とするスタイルはありつつも、クラブの現状とのすり合わせに試行錯誤する日々。それでも、指導者として実績を積み重ねた末の夢を見据える。壮大なビジョンを明かした。(取材・文=元川悦子/全5回の3回目)
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2026-27シーズン、2年目のJFLに挑んでいる横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.横浜、以下=YSCC)。近年指揮を執ったのは、星川敬(元INAC神戸監督)、倉貫一毅(山口ヘッドコーチ)、長嶺寛明(FCジュロンコーチ)といった監督たちだが、基本的にはボールを保持するスタイルを志向していた。それが同クラブの伝統でもあるということだが、8月からコーチ務める鄭大世の理想像は少し違っている。
「僕が目指しているのは前プレ(前線からのハイプレス)を主体としたサッカーです」とキッパリ言うのだ。とはいえ、戦術の遂行に理想と現実はつきもの。現状を前向きにこう語る。
「僕にとって一番勝利に近いスタイルは、ユルゲン・クロップ監督(現ドイツ代表監督)のサッカーですね。前から守備に行って、ボールを奪って縦に速く攻める。それが一番現実的な形だと考えています。
多くの監督には『自分の目指す理想像』がありますけど、それができないというのがジレンマでしょうね。目の前にトップ・オブ・トップの選手が揃っていれば、具現化しやすいですけど、必ずしもそうじゃないケースが多いと思うんです。
そこで重要なのは、今いる戦力をどうやってうまく使いこなすかということ。それを考えながら、砂川(太希)監督代行と話しながら戦い方を決めています。
ただ、砂さんも自分の思いを受け入れてくれて、結構前から行こうとしてくれている。もちろん超前プレはしませんけど、ミドルブロックを組んで、ラインを全体的に下げずに3バックが前方向で守りに行こうと。そうすれば、前で潰せますよね。そういうスタイルに変化しつつあると思います」
今のところYSCCは白星先行状態ではあるが、今季のJFLはかなりの団子状態。元日本代表の金崎夢生を擁するヴェルスパ大分、同じく代表経験のある川又堅碁、齋藤学のいるアスルクラロ沼津、社会人の雄・Honda FCなどもいて、どこが突き抜けるか全く分からない状況である。
「僕はJ1やJ2で長くプレーしてきましたけど、JFLが4部相当だからと言って、選手個々のレベルが低いとは全く感じない。むしろ高いんじゃないかと思います。
ただ、実際の試合になると、ミスの応酬になることはありますね。こっちがミスってボールをプレゼントすると、相手もミスしてお返ししてくれるようなケースがしばしば見られます。
あとはフィニッシュの部分ですね。『相手のシュートミスで助かった』と安堵することもあります。J1でも決め切るところにはお金をかけて外国人FWを連れてきたりしますけど、その精度とアイデアには確かに差がある」
だからこそ、鄭大世は自身の経験値を糧にここから手腕を徐々に発揮していく構えだ。
「もともとFWだった僕がアプローチできるのはその部分。そう考えながら日々、取り組んでいますけど、選手たちにはポテンシャルが大いにある。彼らをどこまで成長させられるかは自分次第かなと思います」
地道に経験を積み上げていく先にあるのは、「北朝鮮代表監督としてW杯に出たい」という大きな夢だ。鄭大世は2010年南アフリカワールドカップ(W杯)に出場し、カカやルシオを擁したブラジル、クリスティアーノ・ロナウド(アルナスル)擁するポルトガル、ディディエ・ドログバを擁するコートジボワールと対戦。3連敗でグループ最下位に沈んだものの、自身は世界の強豪に真っ向からぶつかっていった。
熱狂と興奮の瞬間をもう一度、監督として味わいたいという思いが今、非常に強いのだという。自分なりのビジョンを打ち明ける。
「在日朝鮮人として日本で育ち、韓国にも行き来している自分が、北朝鮮というチームで代表監督をやるのは、物凄くハードルの高いこと。それは僕自身もよく分かっています。そのために必要なことはいくつもあると思います。
でも一番は圧倒的な実績が必要。J1のチームでタイトルを獲るようなことがあれば、興味を持っていただけるんじゃないですかね。選手時代の若い頃は野心が強すぎて現状とのギャップに苦しんでいましたが、今は違う。目の前のことを全力で取り組むことが一番の近道だと悟りました」
北朝鮮代表というのは軍隊チームから選手が選ばれ、代表監督も抜擢されるのが通例だといい、これまではその流れが踏襲されてきたようだ。が、同じ在日朝鮮人で、FC琉球や鹿児島ユナイテッド、ガイナーレ鳥取、カマタマーレ讃岐で指揮を執った金鐘成監督が北朝鮮代表の指導に関わるという話も浮上している模様で、そういう前例ができれば、鄭大世監督誕生への道筋も加速しそうだ。
「昔、散々問題行動を繰り返してきて、韓国パスポートを取得した僕が、代表監督だなんて、関係者からしたらへそで茶を沸かすレベルですよ(笑)。でもいいんです。自分で描いたストーリーの道のりを自分の足で進んでいるという感覚が、僕の人生においてとても大事なんです」
こうやって自己分析ができ、言語化できる鄭大世は、見た目とは違って実に繊細である。真摯な姿勢でサッカーに向き合う男を我々は応援していきたいものである。(文中敬称略、第4回に続く)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。






















