リーグ終盤に“緊急登板”「逃げ道ないな」 残り7戦で挑んだJ1昇格…名門再建へ、覆した「もう無理だ」

ジュビロ磐田U-21監督兼U-18監督の安間貴義氏【写真:井上信太郎】
ジュビロ磐田U-21監督兼U-18監督の安間貴義氏【写真:井上信太郎】

2025年9月、磐田トップチーム監督に急遽就任

 安間貴義氏(ジュビロ磐田U-21監督兼U-18監督)は昨年9月、ジョン・ハッチンソン氏の解任に伴い、緊急登板した。U-18でプレミアリーグ復帰を目指す挑戦から、トップチームでJ1復帰を目指す挑戦へと、大きく変わった舞台。ここで安間氏は強い決意のもと、選手に自信を取り戻させチームを昇格プレーオフに滑り込ませた。発揮された手腕、戦いの舞台裏に迫る。(取材・文=いしかわごう/全7回の7回目)

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 2025年、この年からジュビロ磐田U-18の監督を務めていた安間は若き才能たちの育成に情熱を注いでいた。しかし9月のある日、またも運命の電話が唐突に鳴り響く。

 J1昇格を目指しながらも成績が低迷し、トップチームのジョン・ハッチンソン監督が解任されたのだ。リーグ終盤、残りわずか7試合という土壇場で安間に後任の白羽の矢が立った。

「その日の夕方、大久保グラウンドでU-18の試合があってアビスパ福岡のユースに5-1で勝って『よしよし』って言いながら、スタッフルームでアイスを食べていたんですよ。そうしたら事務所から電話がかかってきて呼び出された。事務所に着いたら、いつもと違う雰囲気で『あっ、これ来たな。逃げ道ないな』って察しました(笑)。普通ならトップチームのヘッドコーチが内部昇格するはずなのに、なぜかユースの自分に話が飛んできた」

 しかしトップチームの現状を見ていた安間に迷いはなかった。

「もう行くしかない状況だし、やはりトップチームはしっかりしなきゃダメじゃないですか。それにFC東京で残り9試合を率いた時に比べたら、ジュビロの状況は全然マシでしたから」

 もっとも、U-18の選手たちからすれば、プレミアリーグ復帰を目指す戦いを続けていたなかでの突然の監督の転任。選手たちから慕われており、彼らは大粒の涙を流した。保護者たちからは戸惑いの声も上がったという。そしてまたも緊急登板という形で、トップチームの命運を託されることとなった。今度は残留ではなく昇格というミッションである。

 就任直後に最初に行ったのは、選手たちの心の奥底に眠る闘争心に火をつけること。試合を見ていても覇気がなく、どこか自信を失っているように見えたからだ。プレーオフを含めて残り2か月間という終盤にもかかわらず、フィジカルの再強化に取り組んだ上で、選手たちが避け始めていた「昇格」というワードを自ら宣言することで、目標に向かう目線を揃えた。

「選手たちに『昇格するぞ』って口に出して言わせようとしました。残り7試合で勝ち点差を考えたら、誰もが『もう無理だ』って心のどこかで諦めている。でも、僕は1人でバカみたく『諦めない、昇格するぞ』と言い続けました」

 安間自身は結果にこだわるために、FC東京時代に長谷川健太監督から学んだ「交代カードによる加速」を採用した。試合開始からハードワークと緻密なポジショニングで相手を消耗させておき、後半の勝負どころで前線の強力な外国人FWマテウス・ペイショットやスピードのあるアタッカーを一気に投入していく。この采配がハマった。

「前半を0-0で耐え凌げば、後半にペイショット軍団を入れて一気に試合を動かせる。この勝ちパターンのシナリオが長崎戦でうまくいきました。そうしたらみるみる選手が生き返って、みんなが自信を持ってプレーするようになった」

 安間体制でのペイショットは途中出場ながら1得点3アシストと躍動する。そして残り7試合を5勝1分1敗と快進撃を見せ、就任当初は8位だった順位は最終的に5位に浮上。J1昇格プレーオフに滑り込んだ。安間が「ペイショット軍団」と呼ぶ彼らにバトンを渡す戦い方で試合終盤にドラマを起こし続けたことで、スタジアムにはサポーターによる熱気も渦巻いていた。諦めかけたチームの闘争心に火をつけ、ヤマハスタジアムを満員で埋めた秋の景色は、安間の中で今も鮮明だ。

「サポーターも『このチームは最後までドラマがあるんじゃないか』って応援してくれました。終盤はスタジアムも満員になって試合前から行列を作ってくれて、徳島のアウェーにも信じられないくらいの人が駆けつけてくれた。本当に感謝しかなかったですね。結局、プロチームってその人たちが払ってくれた入場料と、スポンサーが出してくれたお金で養われている。だとしたら、ファンサービスもそうだし、試合に出たら勝たなきゃいけない。来た人に喜んで帰ってもらうのがプロ。自信を無くしている場合じゃないし、挑み続けないといけない」

 運命のJ1昇格プレーオフ。

準決勝で対戦したのは徳島ヴォルティスで、磐田は勝たなければいけない90分だった。前半、江﨑巧朗の負傷により交代カードを使わざるを得なかったものの、安間の描いたプラン通りに試合は進み、スコアは1-0と磐田がリードしている。

だが82分、絶妙な軌道を描いたクロスに対し、徳島のトニー・アンデルソンが頭一つ抜け出して合わせた。放たれたヘディングシュートはGK川島永嗣の手をすり抜けて磐田のゴールネットを揺らした。

「あの失点の瞬間、ボールが空中で止まって見えたんですよ。『ああっ』と思ったときの光景はいまだに頭に残っています。前半途中で怪我人が出て交代カードのプランが狂ったこともあったけど、完璧に準備してプラン通りに進めていても、あの一瞬でやられてしまう。カード1枚の重みも味わったし、サッカーの怖さを改めて思い知らされました」

 1-1のドロー。試合終了の笛が鳴り響いた瞬間、磐田の選手たちはピッチに崩れ落ちた。そして1年でのJ1復帰の目標は露と消えた。しかし、試合後の安間に後悔はなかった。

「できることはすべてやったし、選手たちも持てる力のすべてをピッチに出し切ってくれた。後ろめたい気持ちはなかったです」

 そして2026年シーズン、安間はU-18の監督に復帰し、プレミアリーグを戦うとともに新設されたU-21チームの監督も兼任することとなった。トップチームには秋葉忠宏監督が就任し、安間は育成とトップをつなぐ要として再びグラウンドに立っている。

「秋葉監督を全力で支えたい。いい選手を揃えて、チーム全体で勝てる裏付けを作っていく。U-21を引き受けるにあたって『起用の枠はトップが決めていいけど、交代や戦術の決定権は自分が責任を持って判断したい』と伝えました。選手のため、クラブのためになる現場の権限をしっかり持つこと。今まで味わった悔しさも、全部こうして生きてくるんです」

 かつては身銭を切って、圧倒的な強さを誇った黄金期のジュビロ磐田をスタンドから眺めていた。そのクラブのエンブレムを胸に纏い、トップチームの指揮を執るまでの巡り合わせも経験した。

 自身の指導者としての土台を形づくってくれた愛着があるからこそ、胸の内にあるクラブ再建への思いも強い。今はU-18とU-21の若武者たちを率いながら、自らの足で新たな歴史の礎を築こうとしている。

「今のジュビロは紙飛行機のようなもの。飛んでいるつもりだけど、ふとした瞬間に落ちてしまう。だから、もう1回エンジンをつけて飛べるようにしなきゃいけない」

 クラブの未来を駆動させるエンジンを創り出す日々に妥協はない。57歳となった安間貴義は、今日もグラウンドで熱く声を張り上げている。(文中敬称略)

(いしかわごう / Go Ishikawa)



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いしかわごう

いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

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