欧州移籍も直面した“リアル”「苦しかった」 救った日本代表の言葉…ロス世代のリーダーが誓う「証明」

市原吏音は今年1月に大宮からAZに移籍した
「今年こそ夢を掴む」。21歳の誕生日にそう言葉にした市原吏音。今年1月、大宮アルディージャからオランダ・AZアルクマールへ完全移籍を果たしたものの、待っていたのは出場機会に恵まれない苦しい半年間だった。同時期に開催された北中米ワールドカップでは、同じロサンゼルス五輪世代の塩貝健人や後藤啓介が日本代表として戦う姿に、誇らしさとともに悔しさも抱いたという。焦りと冷静さのはざまで迎える今シーズン、そして自らの価値を証明する場となるアジア競技大会への思いを、率直に語った。(取材・文=林遼平/全4回の1回目)
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今年21歳になった誕生日、市原吏音は新たな一年の抱負として目標を言葉にした。「今年こそ夢を掴む」——。その夢とは、幼い頃からただ一つ、日本代表だ。
6月に開催された北中米ワールドカップ。テレビの前で日本代表の戦いを見ていた市原は、これまでとは違う感覚でW杯を見ていたという。
「前回、前々回はやはり一ファン、応援する日本国民として見ていたんですけど、今回は自分が知っている選手がプレーしていたり、同年代の選手が出ていたりして、昔よりも意識するような、ここに出たいなと、より強く思うような大会だったなと思います」
塩貝健人(ヴォルフスブルク)と後藤啓介(フライブルク)。ともに同世代であり、昔からの顔なじみでもある2人が、日本を背負って戦う姿は市原の心をかき乱した。誇らしさとともに、それ以上の悔しさが胸に込み上げた。ポジションこそ違えど、それは紛れもない刺激だった。
「本当、啓介も健人も昔から知っていますし、どういう性格なのかもわかっているつもりなんですけど、そういう選手たちが日本を背負って戦っているというのは自分としても誇らしかったですし、一方で悔しさもありました。負けてられないなとなりましたね」
日本代表は決勝トーナメント1回戦で大会を去った。そのブラジル戦で見せつけられた「個」の差も、市原の目には焼き付いている。W杯の舞台に立ったわけではないが、欧州でプレーするようになったからこそ、日本がベスト8、ベスト4、そして優勝を狙うために絶対に必要なもの、それは個人の成長だと市原は言い切る。
「あの舞台に立たないとわからないような違いやスピード感というのが絶対にあると思います。やはりそれを自分もいち早く身をもって体験したいなという気持ちになりました」
市原自身は今年1月に欧州へと活躍の場を移した。ジュニア時代からお世話になった大宮アルディージャからオランダのAZアルクマールへ移籍したのだ。ただ、満を持しての海外挑戦だったが、待っていたのはなかなか出場機会に恵まれない苦しい半年間だった。トップチームでの出場は、リーグ戦2試合とカンファレンスリーグのシャフタール戦のみ。リザーブチームのヨングAZでは出場機会を得ていたが、トップレベルでのプレーを多く経験できたかと言えば、そうではない。
「自分の中でこういう苦しい経験と言いますか、あまり試合に出られないみたいな経験がなかなかなかった。苦しいと言えば、苦しかったですけど…」
それでも焦りに支配されなかったのには理由がある。当時、同じオランダでプレーしていた板倉滉や冨安健洋(ともにアヤックス)、そして同僚の毎熊晟矢。日本代表経験者であり、欧州で長くプレーする彼らとの食事の時間が、市原にとって大きな支えになった。
「一緒にご飯を食べに行っていろいろ話す機会があって、その時に『オレが若い頃はこうだった、オレもこういう経験をした』みたいな話をしてくれた。そういうアドバイスというか、言葉をいただくことができた。それもあってあまり焦らないようになりました」
例えば、板倉はベガルタ仙台からフローニンゲンに移籍した当時、冬加入で半年の間、1試合もピッチに立つことができなかった。今やドイツのトップでプレーする男も過去には苦しい時期を経験している。誰もが順風満帆に日々を過ごせてきたわけではない。数多くの選手が乗り越えてきた壁、それが今、市原の前に立ちはだかっている。
「本当に蚊帳の外だったみたいな話も聞きました。それが今では日本代表で北中米ワールドカップのキャプテンをやっていたわけじゃないですか。そういうのを聞くと、やっぱり自分もそうなりたいなと思いますよね」
早く試合に出たいという焦りと、やるべきことを積み重ねていかないといけないと捉える冷静さ。相反する二つの感情を抱えながら、市原は「しっかり一歩ずつ」という言葉で自らを律していた。
今シーズン、市原が掲げるのはシンプルな目標だ。「1試合でも多く試合に出る」。開幕からまだトップでの出場は1試合にとどまるが、準備には自信がある。ヨングAZではすでに試合に出場し、コンディションも決して悪くない。
とはいえ、立ち止まっている時間もない。オランダに渡って2シーズン目、しかも出場機会の少なかった昨シーズンを経て迎える今季は、これまで以上にシビアな環境が待っている。もともと在籍していた選手だけでなく、新たに加入した外国人選手たちとの競争も激しさを増すからだ。
ヨーロッパという舞台で自国の選手が優先される難しさも、市原は正面から受け止めている。実力だけでは埋まらない壁があることを、この半年で嫌というほど思い知らされてきた。だからこそ、そこを打破していく必要がある。
「練習でどれだけ良くても試合に使われないという経験ももちろんありますけど、それも含めて海外だと思うし、自分を強くする過程になると思う。だから、いい経験だと思って捉えてますけど、それがあまりにも長く続くようだったら、もったいないというか無駄になってしまう。やはり試合に出なければいけないと思うし、証明するという気持ちを忘れてはならないなと思っています」
いい経験と割り切れる期間がある一方で、心の中では明確な期限も見据えているのだろう。だからこそ、証明を先延ばしにするつもりはない。海外に渡ったこの半年が「経験」で終わるか、「結果」に変わるか。その分岐点は、決して遠い未来の話ではなく、まさに今シーズン、そして9月18日にチームに合流しばかりのアジア競技大会にかかっている。このタイミングで巡ってきたアジア競技大会が、自らの価値を証明する舞台になると市原は口にした。
「やっぱり今回のアジア競技大会で絶対的な違いを作って、改めて自分の価値を証明したいなと思ってます」
証明の舞台は、すでに用意されている。夢を掴むと誓った21歳は、そのための一歩を、まさに踏み出そうとしている。
(第2回に続く)
(林 遼平 / Ryohei Hayashi)

林 遼平
はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。























