高卒→プロ入りは「厳しい環境」 岩政大樹氏が語る”大学サッカーの価値”「大きなメリット」

大学サッカーを経由する2つの大きなメリット
2026年1月から母校・東京学芸大学の監督として新たな指導者キャリアをスタートさせている岩政大樹氏。2004年に大学を卒業してから22年ぶりの帰還となったが、大学サッカーを取り巻く環境はガラリと変わっていた。それを本人も痛感させられる日々だという。(取材・文=元川悦子/全6回の4回目)
【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!
◇ ◇ ◇
「僕が学芸大に入学したのは2000年。当時はJリーグができてまだ10年足らずで、大学サッカーの価値が低下した時期でした。
『優秀なタレントは高校からプロに入るべき』という考えが浸透していて、Jクラブのスカウトがわざわざ大学生を見に来るようなことはほぼなかった。大学出身者がプロ入りする場合、年末にクラブを回ったり、合同トライアウトに参加したりするくらいしかチャンスがなかったんです。
でも今は大卒選手が数多くプロ入りしているし、海外にも行っている。日本代表としてワールドカップ(W杯)にも行っていますよね。その原動力になったのが、2000年前後の大学サッカー改革だと僕は考えています。
学芸の恩師である瀧井(敏郎)先生や福岡大学の乾真寛先生が大学からプロに行くことのメリットや高卒との違いを当時から言語化し、『インテリジェンス』という言葉をよく使われていましたが、頭を使った選手育成の重要性を重視していました。そこが1つ大きかった。
加えて、国際経験を積ませるべく、大学選抜で海外遠征を積極的に行った。自分もインドやエジプト、カタール、オランダなどに行かせてもらいましたけど、外国人と対峙する感覚を覚えさせてもらえたこともその後につながったと考えています」
2000年代以降、「高卒でJに行って試合に出られないのなら、大学で4年間しっかり鍛えてもらった方がいい」と考えるユース年代の指導者や保護者が増えていったのは確かだ。
2008年北京五輪代表を率いた反町康治監督(現清水エスパルスGM)もそういう思考を持った指導者の1人で、大卒の長友佑都(FC東京)や本田拓也(鹿島アントラーズユースコーチ)を抜擢。これを皮切りに、2012年ロンドン・2016年リオデジャネイロ両五輪で3人、2021年東京五輪で4人、2024年パリ五輪で3人と一定数が本大会に臨んでいる。
A代表に至っては、2022年カタールW杯が9人、2026年北中米W杯が7人を記録。大学から海外に行くような人材も出てきている。その1人である三笘薫(ブライトン)は川崎U-18からトップ昇格を打診されながら、あえて筑波大学進学を決断。そこで心身両面で成長し、プロでブレイクを果たした。大学サッカーの価値は間違いなく上がっているのだ。
「大学サッカーを経由する価値は大きく言って2つあると思っていて、1つは『自分がなりたい選手になるための時間的余裕を4年間もらえる』という部分です。
18歳の時点で選手はそこまで人間として成熟していませんよね。教育もサッカーも先生や指導者から与えられるものをこなしているケースが多くて、まだ人として確立されていないと思うんです。そこでプロを選んでしまうと、いきなり結果を問われる世界に放り込まれ、自分でどうするかを判断して取り組まないといけない。なかなか失敗も許されませんし、厳しい環境なのは事実です。
でも大学ならトライ&エラーを繰り返すことができる。例え失敗しても、4年間のうちに解決すればいいですし、『22歳の時点でこうなる』という目標から逆算して進んでいける。そこが大きなメリットだと思います。
もう1つは、大学はプロサッカーを目指している人間だけの集まりではないという点。いろんな学生が集まっていて、学びが多いんです。最近は『越境』という言葉を使うことが増えていますけど、大学は人間的にも社会的にも幅を持てる場所。サッカーをやるに当たってもいろんな人間と関わることで、違った見方やアイデアが出てきたりします。彼らとの関わりで人として成熟度を高めていけることも、その後の人生にとってポジティブなこと。実際、僕も今、そのメリットを実感しながら生活できていますよ」
彼が鹿島、北海道コンサドーレ札幌という2つのJクラブで実際に指導した大卒選手の中で、最も成功しているのが上田綺世(リール)ではないか。上田の場合も鹿島学園高校卒業時点ではJリーグからオファーがなく、法政大学に進学。そこで1年生から試合に出て活躍し、U-21日本代表、A代表とステップアップし、3年生の時点で鹿島入りした。
「綺世は体力的にも遅咲きだったので、大学で伸びた部分は多くあると思います。得点への道筋についても、いろいろ考えて模索するタイプなので、それを確立させるための時間が必要だったんでしょう。
彼は1年からチームの中心だったと思いますけど、そういう立場なら周りに要求できますよね。でもプロ入り直後の新人時代はまず周りに合わせるところからのスタートになる。その過程で結果が出せずに終わってしまう選手を僕は何人も見ていますけど、大学だからこそ、自分が考えた方向に進めるというのはあると思いますし、彼の場合はその環境がプラスに働いたのかなと感じます。
代表にも呼んでもらえていたので、高いレベルを経験して、それを持ち帰って練習や試合で試して、失敗も繰り返して成長できた。『失敗してもいい』という心理的安全性がある場所でやれたのは大きかったと思います」
岩政は今後も大学から三笘や上田のような人材を送り出せると前向きな思考を持っている。ただ、そのためには改善しなければいけない部分も多い。その1つが国際経験ではないか。三笘と上田が出た2019年大会を最後にユニバーシアードがなくなり、大学選抜が海外遠征するチャンスが減っている。年代別代表に呼ばれる選手が増えている分、個人としてはそういう機会はあるのだろうが、大学サッカー界全体としても取り組みを強化していくべきだろう。
「これまでになかった新たな枠組みを構築していくこともありかもしれないですね」と岩政は意欲を見せたが、大学側からの発信次第で変化する要素はありそうだ。今年から始まったJリーグU-21リーグと大学連盟が協力し、高円宮杯プレミアリーグのようなU-21リーグを創設していくことも可能かもしれない。そうやって大学経由でよりより選手が育っていくように、彼はできることを少しずつやっていく意向だ。(本文中敬称略、第5回に続く)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。






















