移籍決断した逸材17歳…一人暮らしは「先輩が優しい」 三井寺眞に「悔しい気持ちも」

FC東京から藤枝に移籍した北原槙(写真は2025年)【写真:徳原隆元】
FC東京から藤枝に移籍した北原槙(写真は2025年)【写真:徳原隆元】

藤枝の北原槙「本当にすごいな、と思いましたし、同時に悔しく思う気持ちも」

 J2の舞台でも十代のホープがまばゆい輝きを放った。ホームの藤枝総合運動公園サッカー場にベガルタ仙台を迎えた8月8日の開幕戦で、今夏にFC東京から育成型期限付き移籍で加わった17歳のMF北原槙(まき)が公式戦初アシストで先制点を導いた。藤枝を快勝に導いた北原は同7日のJ1開幕戦で先発に大抜擢された盟友で、今シーズンのJリーグ第1号ゴールを決めた横浜F・マリノスのMF三井寺眞から大きな刺激を受けていた。(取材・文=藤江直人)

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 歴史的な快挙を伝えるニュースを目の当たりにして、さまざまな思いを抱いた。驚きに続いて喜び、そして一抹の悔しさ。同7日のJ1リーグ開幕節で先発に大抜擢され、前半開始わずか7分に先制ゴールを決めた横浜FMの三井寺の活躍を、J2の藤枝の北原は「もちろん刺激になりました」と振り返った。

「(三井寺)眞はひとつ年下ですけど、J1で開幕スタメンを勝ち取った意味で本当にすごいな、と思いましたし、同時に悔しく思う気持ちもあったので」

 鹿島アントラーズ戦でJリーグの歴史上で最年少となる16歳4か月5日でJ1開幕戦先発デビューを果たした三井寺に対して、北原もFC東京に2種登録されていた昨年3月1日の鹿島戦で後半38分から途中出場。森本貴幸が保持していた15歳10か月6日のJ1歴代最年少出場記録を15歳7か月22日へと塗り替えている。

 北原の最年少出場記録はいま現在も破られていない。そして、2人には面識があった。今年3月にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ遠征したU-17日本代表メンバーにともに選出され、U-17チリ、アルゼンチン両代表との国際親善試合に臨んだ2人はお互いを認め合い、帰国後も連絡を取り合う仲になった。

 秋春制へ初めて移行した新シーズンの開幕が迫るなかでも、電話越しに他愛もない会話を重ねた。その数日後に飛び込んできた三井寺の大活躍に、胸中にもうひとつの思いが頭をもたげてきたと北原が明かす。

「そういった意味でも、今日はさらに力が入る試合ではありました」

 三井寺の快挙から一夜明けた同8日に、ホームの藤枝総合運動公園サッカー場に仙台を迎えたJ2リーグ開幕戦。左シャドーで先発を射止めた北原がまばゆい輝きを放ったのは、開始早々の前半11分だった。

 相手ペナルティーエリア内でパスを受けると、迷わずに利き足とは逆の左足を一閃。ブロックしようと飛び込んできたDF五十嵐聖己(せな)の股間を突き抜けた強烈なシュートは、仙台の守護神GK林彰洋がとっさに繰り出した右足に弾かれる。さらにこぼれ球を五十嵐が必死に頭でかき出して左コーナーキックに逃れた。

 しかし、北原が放ったチームのファーストシュートは快勝への序章に過ぎなかった。

 北原が担った左コーナーキック。文字ではなく大きな絵が記された摩訶不思議なボードを太田吉彰ヘッドコーチが掲げるなかで、ファーポストからさらに遠く離れたエリアに藤枝の選手たちが5人も集まる。

 そのなかの一人で、昨シーズンだけでなく百年構想リーグも無得点だったDF鈴木翔太が声を弾ませる。

「入る場所が決まっていて、そこへ走ったら槙がめちゃくちゃいいボールをくれて。ラッキーでした」

 ベンチ前に掲げられた絵が意味したのは、対仙台戦用の特別なサインプレー。勢いをつけた鈴木がフリーへ走り込んできたファーへ、正確無比なクロスをインスイングで供給した北原の右足から先制点が生まれた。

 FC東京時代を含めて公式戦出場11試合目にして、これが北原にとって初めてのアシストだった。

「コーナーキックからの先制点というところでうれしかったですけど、初めて(アシスト)という感覚、というのはそんなになかったですね。ただ、狙った通りのボールでした」

 鈴木の先制点で勢いに乗った藤枝は、後半28分にもセットプレーから追加点をゲット。J2・J3百年構想リーグを制し、J1昇格への最有力候補と目された仙台をクリーンシートで撃破する最高のスタートを切った。

 後半16分までプレーし、FW金本毅騎との交代でベンチへ下がった北原は試合後にこんな言葉を残した。

「開幕スタメンを取るのがこのクラブでのひとつ目の目標だったので、そこはクリアできました。セットプレーも自分の特徴ではあるので、そこからアシストできたのもよかったと思っています。でも、もっとできましたし、ゴールを決められる場面もあったので、もっともっとやらなければいけないと思っています」

 昨シーズンはFC東京の2種登録選手として公式戦10試合に出場し、プレータイムは449分を数えた。しかし、16歳の誕生日だった昨年7月7日にプロ契約を結び、背番号を「53」から誕生日にちなんだ「77」に変えてからは試合出場はなし。今年前半のJ1百年構想リーグでは一度もベンチ入りを果たせなかった。

 藤枝への育成型期限付き移籍が発表されたのは6月26日。北原はFC東京の公式ホームページで決意を綴った。

「成長スピードを加速させるためにこの決断をしました」

 槙野監督の期待を背負いながらひとつ目の目標はかなえた。ただ後半14分に迎えた決定機でも、左足のシュートをポストの左側へ外した。アシストも、そしてプロ初ゴールも通過点と北原はベクトルを自身へ向ける。

「このクラブで一番求められるのは守備であり、それができているからこそ開幕戦で先発を勝ち取れたと思う。それでもいつ先発を外されてもおかしくない。そういった意識ももちながら、守備はもちろんですし、攻撃では点を取っていければと思っています」

 むしろ危機感を強調した17歳は、攻撃面で自らに足りなかった部分も冷静に把握していた。

「もうひとつ広く世界を見るじゃないですけど、ゴール前で落ち着いて相手を欺くようなプレーができていたら。点を決めたい、という気持ちが強かったので、その意味でちょっと遊び心が足りなかったと思います」

 心の片隅には三井寺への対抗心もあったのだろう。都内から観戦に訪れていた両親へ「もっと活躍する姿を見せて2人を喜ばせたい」とさらなる恩返しを誓った北原は、初体験の一人暮らしにこう言及している。

「先輩たちがすごく優しいので、ご飯だけでなく、いろいろな場所に連れていってもらっています」

 同15日の第2節では、再びホームの藤枝総合運動公園サッカー場にいわきFCを迎える。新天地でも「77番」を背負う北原は自ら選んだ成長への最短距離を、周囲からかわいがられながら全力で駆け出しはじめている。

(藤江直人 / Naoto Fujie)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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