J練習参加で告げられた「しっかりとして」 監督が口説いた逸材…無名校から生まれた初のプロ選手

豊川高校の大下蒼生【写真:安藤隆人】
豊川高校の大下蒼生【写真:安藤隆人】

湘南内定の豊川高校MF大下蒼生

 8月7日、愛知県の豊川高校が誇る高速ドリブラー、MF大下蒼生の湘南ベルマーレ加入内定が発表された。

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 豊川といえば、8月1日に閉幕したインターハイに創部史上初の出場を果たしたばかり。結果は1回戦で聖和学園の前に2-3で敗れたものの、これまで愛知県の4強にも食い込めなかったチームが、山梨学院高で選手権制覇を成し遂げた名将・長谷川大監督の就任からわずか3年で初の全国大会出場という快挙を成し遂げた。さらには初のJリーガーも誕生するなど、まさに節目の1年となっている。

 大下の最大の特徴は爆発的なスピードにある。初速が鋭く、そのスピードの持続力も高い。一気に加速したと思えば、静かに動き出して徐々にスピードを上げたり、急停止から再加速したりと、自在に緩急を操る高度な身体操作能力を持つ。

 彼は長谷川監督が豊川の監督に就任する際、最重要戦力として熱心に口説いた最初の選手だ。大下自身も県外の多くの強豪校から声が掛かっていたが、「地元でやりたかったし、何より長谷川監督の熱意と指導力に魅力を感じた」と、当時は全国的には無名だった豊川への進学を決意した。

「プロになるためにここに来ました。長谷川監督の言葉は重みがあって、自分の課題をしっかりと見抜いて改善点を教えてくれる。全国に出るのは最高学年になってからになりましたが、絶対にプロになれると信じてやれました」

 先に他のJ2クラブの練習に参加し、そこでプロの基準を知った。そして7月13日から湘南ベルマーレの練習に参加。その期間は実に10日間に及んだ。

「最初は練習の強度がもの凄く高くて、全然ついていけませんでした。特に切り替えのところはかなり苦労したのですが、京都との練習試合をした際に、右サイドで起用してもらったんです。そこでカウンターの際にドリブルで1人剥がして運んでいくなど、自分のスピードが通用した。そこで自信が生まれて、徐々に練習で自分を出せるようになりました」

 プロ相手にもドリブルで相手を剥がせたという事実は、それだけ周囲を冷静に見ながらプレーできていた証でもある。高校レベルでは、ボールを運びながらも顔を上げて周囲の状況を把握し、コースを変化させたり、どのタイミングでパスやクロスを出すかを判断したりすることを当然のようにできる。それをプロの世界でも出せたことは、大下にとってこれまで積み上げてきたものが間違っていなかったと確信するには十分だった。

「湘南のスタッフの人たちからは『明確な武器があるから、それをもっと伸ばしてほしい』『奪われてもいいからトライしてほしいし、奪われたら守備をしっかりとしてほしい』と言ってもらいました」

 その言葉を受けたことで、大下の中にはより明確な目標と基準が芽生えた。

 インターハイ初戦の3日前となる7月22日まで練習に参加し、正式オファーを勝ち取った。強度の高い10日間を過ごしたがゆえに、長谷川監督は疲労の蓄積を考慮し、聖和学園戦ではスタメンではなく、切り札として彼を起用した。

 前半で0-2のリードを許すという苦しい展開で迎えた後半頭から投入されると、いきなり自陣から持ち前のスピードと抜群のコース取りで約50mの距離をドリブルで運んでいく『1人カウンター』を発動。圧巻のプレーで一気に流れを引き寄せると、チームは全国大会初ゴールを含む2ゴールを奪い、同点に追いついた。

 大下も何度も高速ドリブルで相手陣内に侵入し、チャンスを量産したが、逆転ゴールは奪えず、後半28分に失点して万事休す。彼にとって初めての全国大会は約35分間で幕を閉じたが、その存在感はやはり別格だった。

「全国直前まで僕個人の夢のために送り出してくれた長谷川監督には感謝をしています。初めての全国大会は試合前こそ独特の雰囲気を感じましたが、ピッチに立ったらいつもの試合と変わらずにプレーできました。ただ、勝てなかったことは悔しさしかないし、逆転まで持っていける力が足りなかったので、個人としても、チームとしても、この借りは選手権で絶対に返したい。進路も決まったので、次は選手権初出場、プリンスリーグ東海初昇格、そして全国での勝利を目指して、チームの勝利のために全力で取り組んでいきたいと思います」

「明確な武器をもっと伸ばしてほしい」。湘南のスタッフから掛けられたその言葉は、大下にとって進むべき道を示す羅針盤となった。高校サッカーで磨き上げたスピードを武器に、豊川高校初のJリーガーは、湘南という新たな舞台で次なる成長物語を描いていく。

(安藤隆人 / Takahito Ando)

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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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