静岡学園、15年前に重なる初優勝 主力3人が負傷…胸に刻んだ仲間の想い「なにがなんでも」

静岡学園がインターハイ初優勝
サッカー王国・静岡県に、30年ぶりにインターハイ優勝旗が戻ってきた。実に15年ぶりのインターハイ決勝進出を果たした静岡学園は、初の決勝進出となった近畿大学附属高と激闘を演じた。
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前半19分、技巧派集団・静学らしい見事な崩しで先制する。左サイドで競り合いのこぼれ球に反応したMF半田怜也が、ダイレクトでFW村松亮へ浮き球を送る。村松は相手DFを背負いながら鮮やかなヒールで落とし、走り込んだMF泉新が左足のワンタッチから右足インフロントでコントロールショットを放つと、ボールはゴール右サイドネットへ吸い込まれた。
前半30分にロングスローから同点に追いつかれ、後半立ち上がりは押し込まれる時間も続いた。それでも飯尾善、林奏汰、保延昭良の3バックを中心に耐え抜くと、再び流れを引き寄せる。
そして後半アディショナルタイム、ドラマが待っていた。
右コーナーキックの流れからファーサイドでボールを受けたMF沢井翼がDFを1枚かわし、右足を一閃。強烈なシュートがゴール上段へ突き刺さり勝ち越しに成功すると、キックオフの笛の直後に試合終了のホイッスル。劇的なラストプレーの決勝弾で、静岡学園が悲願のインターハイ初優勝を成し遂げた。
「みんなの気持ちがこもった決勝だったと思います。みんな勝つことしか考えていませんでした」
エースストライカーで大会得点王に輝いたFW坂本健悟が興奮気味に口にしたように、今大会の静学には凄まじい一体感があった。
大会前には背番号10の大黒柱・MF松永悠輝、頭角を現してきた2年生ボランチ・MF杉ノ原芽生が負傷離脱。さらに大会初戦では、キャプテンとしてチームを牽引してきたMF足立羽琉まで負傷し、主軸3人を欠くことになった。
このニュースを聞いた時、筆者はふと15年前の秋田インターハイを思い出した。
2011年、静岡学園は優勝候補に挙げられながらも、MF長谷川竜也(現・北海道コンサドーレ札幌)、秋山一輝(元・関西大)、そして高校屈指のサイドバックと称された主将・伊東幸敏(元・鹿島アントラーズなど)の3本柱を怪我で欠いたまま大会に臨んだ。
「さすがに厳しい」
そんな声も聞かれた。しかし、蓋を開けてみるとGK福島春樹(元・浦和レッズなど)、DF木本恭生(現・水戸ホーリーホック)、そして当時1年生だったMF米田隼也(現・V・ファーレン長崎)らが躍動。準決勝では流通経済大柏を破り、初の決勝進出を果たした。
決勝では桐蔭学園に敗れたものの、木本は当時こう語っていた。
「3人の分まで戦わないといけないと思ったし、『3人がいないから勝てない』と言われるのが嫌だった。みんなで戦おうと話していた」
仲間への想いと意地が、チームを一つにした。さらに当時、川口修監督はこう話していた。
「最初は厳しいと言われていたけど、試合を重ねるごとにまとまりが出て、粘り強く戦えるチームになった。3人がいない分、木本ら主軸が奮起し、米田ら新戦力が急成長した。この経験は、ピッチに立った選手も立てなかった選手も、必ず今後の財産になる」
その言葉どおり、このチームから5人のJリーガーが誕生した。そして15年後。再び川口監督から、よく似た言葉を聞くことになる。
「(松永、杉ノ原、足立の)3人がいなくて厳しいのは当然。でも、新たなチャンスを掴む選手、『俺がやる』と奮起する選手が出てきたら、間違いなくいいチームになる」
静岡学園は、3回戦の鹿島学園戦で2点をリードしながら追いつかれる苦しい展開となったが、GK田邉匠真のビッグセーブが流れを引き戻した。準々決勝の旭川実業戦では2点を追う展開となる。しかし後半12分、坂本が反撃の狼煙となるヘディング弾を決めると、チームの空気が一変した。
「鹿島学園戦でエースとしての仕事ができなかった。怪我で出られない選手たちに示しがつかない。なにがなんでも俺がやると思った」
その責任感がチーム全体へ広がり、沢井翼の同点弾、そして後半アディショナルタイムには途中出場のDF佐野泰聖が決勝ゴールを押し込み、大逆転勝利を収めた。
準決勝の大津戦では、今度は田邉が立ち上がる。
「3回戦、準々決勝と失点を重ねて責任を感じていた。だからこそ今度は自分がチームを救わないといけないと思った」
何度も決定機を防ぎ、後半6分には途中出場のMF安永龍生のクロスから坂本が圧巻のヘディング弾を叩き込み、1-0で決勝進出を決めた。
こうして静岡学園は、15年前とよく似た状況のなかで再び決勝の舞台へたどり着いた。
しかし、歓喜の裏で、もう一つチームを結束させる出来事があった。
準決勝終盤、左サイドを支えていたDF小田切颯佑が、相手の決定機を身を呈してブロックした際に負傷交代。チームの勝利のために身体を投げ出した末の離脱だった。
決勝当日、ベンチには6番・小田切、7番・足立、10番・松永のユニフォームが掛けられ、選手たちの手首に巻かれたテーピングには3人の背番号が記されていた。ピッチに立てない仲間の想いを胸に刻みながら、15年前に届かなかった忘れ物を、ついに全員でつかみ取った。
「戦う理由は人それぞれ。でも、こういう熱いゲーム、戦いの連続から生まれるものもある。彼らの今後に期待したいです」
川口監督の言葉は、15年前と何ひとつ変わっていなかった。あの時、怪我で仲間を失いながら戦ったチームから多くのJリーガーが生まれたように、この夏もまた、それぞれが違う景色を胸に刻んだ。ピッチで歓喜を味わった者も、ベンチで涙をこらえた者も、スタンドから仲間を見守った者もいる。そのすべてが、この優勝を形づくった。
この栄冠はゴールではない。15年前の忘れ物を取り戻したこの優勝は、静岡学園の新たな歴史の始まりであり、一人ひとりの未来へと続く、大きな一歩になるはずだ。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。




















