夏の主役に躍り出た怪物「俺もできるんだ」 衝撃ハットで覚醒「明らかに手応えが違った」

旭川実3年・FWオニブチジデオフォー太郎「いろんなプレーの選択肢が頭に浮かんだ」
7月25日から福島県で開催されているインターハイ。全国の予選を勝ち抜いた51校が、一発勝負のトーナメントでしのぎを削っている。今回はこの大会で輝いた選手をピックアップしていきたい。
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2回戦の旭川実業(北海道)vs松本国際(長野)の一戦は後半アディショナルタイムに松本国際が同点に追いつく展開となったが、1-1からのPK戦の末に旭川実業が8-7で制し、3回戦に進出。この試合において、旭川実業のFWオニブチジデオフォー太郎が抜群の存在感を発揮した。
1回戦の大阪桐蔭戦でスーパーゴールを連発し、ハットトリック達成というド派手な活躍を見せたオニブチ。相手にとって「最も危険な選手」となったことで複数のマークに遭い、時には3人に囲まれながらのプレーを強いられるシーンも。それでも屈強なフィジカルとずば抜けたアジリティーでボールを失わず、攻撃の起点を作り出し、無名の存在から間違いなく今大会を彩る主役の1人になりつつある。
「高校生はたった数か月、いや、たった数日で劇的に変化をするんです。だからこそ、この年代を指導するのが楽しいんです」
数多くのユース年代を指導する監督、スタッフたちに話を聞くと、異口同音にこの言葉が出てくる。それを感じることは指導する側としても、取材する側としても何度もあった。
まさにオニブチが、その劇的な変化を遂げた選手に当てはまり、今回のインターハイにおける「ニュースター」となった。
ナイジェリア人の父と日本人の母を持ち、182センチのサイズとフィジカル、一瞬のスピードを持っているが、今年の春までは目立った存在ではなかった。実際に春のフェスティバルを見た限り、身体能力の高さは理解できるものの、前への推進力やゴール前の迫力という部分ではかなり物足りなさを感じた。他の関係者からも「素材はいいけど」という厳しい評価が聞かれた。
だが、今回のインターハイで蓋を開けてみれば、驚異的な動きとシュートセンスで初戦からハットトリック。ド派手な全国デビューをやってのけた。
前半22分、右サイドのMF川口湘大のクロスに猛スピードで飛び込むと、ボールの落ち際に頭をねじ込むようにヘッドで合わせ、左サイドネットに流し込んだ。バランスを崩しながらも、インカーブのボールに対して身体をひねり、ファーへ正確に押し込む。これだけを見ても、驚くべき身体操作であることが分かる。
勢いに乗ったオニブチは、後半7分には敵陣のセンターサークル付近でボールを受け、鋭いターンで囲んできたDF2人の間を突破。もう1人が寄せてくる直前に迷わず右足を一閃した。ワンステップで放たれたボールは、前に出ていたGKの頭上を越えてゴールネットに吸い込まれた。
後半18分には、カウンターから右サイドより送られた山なりのクロスをGKの前で胸トラップ。後ろに倒れ込みながら、そのまま反転してシュートを叩き込んだ。会場をどよめかせただけでなく、SNS上でも大きく取り上げられた。
一躍脚光を浴びる存在となって迎えた松本国際戦。常に複数のマークがつき、ボールが入ると3人の選手が奪いにかかった。春までだったら、そこで奪われたり、収めるだけで精一杯になっていたりしただろう。だが、この日は全く違った。
相手を背負いながらボールを受け、周囲に叩いた直後に裏へスプリント。時には強引にターンして前へボールを運び、先に身体を入れられても強引に奪い返して味方につなげるなど、「ポストプレーからの先」のビジョンがはっきりと見えるプレーをしていた。
この日はノーゴールに終わったが、その成長は明らか。試合後には「正直、春までは自分に自信がなかったんです」と、この年代ならではとも言える「自信」という重要なキーワードが聞かれた。
神奈川県出身のオニブチは地元・相模原でサッカーを始め、中学時代は湘南ベルマーレU-15でプレー。フィジカルを生かしたポストプレーを得意としていたが、その先のシュートや突破などに課題があり、U-18への昇格は見送られた。
高校進学時には県外の複数の高校から誘いがあったが、母親が北海道出身で、高校年代の最高峰でもあるプレミアリーグでプレーしたいという思いがあったことから、当時プレミアEASTに所属していた旭川実業の練習に参加した。
「環境がとにかく良かった。スポンサーも多くて応援されているチームだし、パスサッカーも蹴るサッカーもどちらもやるので、経験値という面では多くのものを得られると思って決めました」
そう決意し、北海道へ渡ったが、頭角を現すまでには時間がかかった。足元の技術やターンなどを磨く一方で、高校2年時は相次ぐ怪我に苦しんだ。高1の冬に内側靱帯を損傷し、復帰した直後の2年の夏には右腿を肉離れ。復帰は選手権予選直前となった。
「復帰しても全然いいプレーができなくて、準々決勝で負けてしまった(札幌光星に0-0、PK負け)。僕のせいで負けたと思いました」
さらに年明けには股関節も痛め、復帰は3月のJヴィレッジカップまでずれ込んだ。コンディションが整わないままプレーの精彩を欠き、どんどん自信を失っていく。周囲からの評価も上がらないという悪循環に陥っていた。
それでも富居徹雄監督はオニブチの底知れぬポテンシャルに惚れ込み、信頼して試合に使い続けた。プリンスリーグ北海道で徐々に結果を出し始めると、インターハイ北海道予選・準決勝の札幌大谷戦で大きなきっかけを掴んだ。
0-0で迎えた後半28分、後方からのボールに反応し、ワントラップからの鮮やかなターンで一気に裏へ抜け出すと、右足で強烈なシュートを突き刺した。
「ずっと狙っていたイメージ通りの形を重要な試合で咄嗟に出せたことで、『俺もできるんだ』と思ったんです。初めて大きな手応えを掴んだというか。ずっとフィジカルやスピードには自信を持っていたのですが、足りなかった『何がなんでも自分がゴールを決める』という意識が、ついに形になった。今思うと、僕に一番足りなかったのは気持ちの面でした」
やればできる。その言葉を自分自身が信じ、日々の練習や試合に打ち込む。シンプルだが大切なことを、このゴールで改めて学ぶことができた。
「日々の練習は裏切らないと思ったし、ストライカーに大切なのはやっぱり自信なんだなと思った」
心の中には「北海道内では通用するけど、全国ではどうなんだろう」という不安もあった。だが、それを振り切って「思い切りプレーすることに集中した」ことで、インターハイでの爆発につながった。
「松本国際戦でも、マークが自分に集中すれば周りが空くと冷静に考えられて、いろんなプレーの選択肢が頭に浮かんだ。結果としてノーゴールだったのは悔しいですが、これまでのノーゴールの試合とは明らかに手応えが違いました」
殻は突き破った。あとは、この勢いの中で手にした自信を、一過性ではない「本物の自信」へと自ら変えていくだけだ。
ニューヒーローの成長の舞台はまだまだ続く。この瞬間、この経験のすべてを自らの糧としながら――。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。




















