関東3部→J1内定「迷いはなかった」 無名の高校時代…歴史を塗り替えた20歳の覚悟

清水に内定した國學院大学3年生のMF辻友翔
関東大学サッカーリーグ3部からJ1リーグへ。7月3日に國學院大学3年生のMF辻友翔が2028年1月からの清水エスパルス入り内定が発表された。國學院大学体育連合会蹴球部にとってこれが初のJリーガー輩出。部の歴史を塗り替えた男とはどのような選手で、どのようなバックボーンを持っているのか。決してエリート街道を歩んできたわけではなく、知名度という点では知られていない部類に入る。どうやってプロへの扉をこじ開けたのか。覚悟を決めた彼に話を聞いた―。(取材・文=安藤隆人/全4回の1回目)
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関東大学サッカーリーグ3部において2位・順天堂大に勝ち点で並んで3位で折り返した國學院大学。昨年は蹴球部史上初の関東2部リーグに昇格するも、プレーオフで専修大学に敗れ、1年での3部降格が決まった。
1年での2部復帰を目指すチームにおいて、大正14年(1925年)の創部以来、創部101年目にして初のJリーガーが誕生した。清水に加入が決まったのは背番号10を背負う3年生MF辻友翔。1年生から主軸として活躍し、関東3部で新人賞を獲得。昨年は2部リーグで苦しむチームの中で怪我の連続でほぼ1年を棒に振った。そして3年生になると、開幕からハイパフォーマンスを連続。昨年から追いかけてくれていた清水への加入を勝ち取った。
「僕の同年代の選手がW杯で活躍をしたり、チャンピオンズリーグに出たり、日本人でも世界のクラブで活躍したり、J1の主力だったりする選手が多くいる中で、悠長にやっているのはいけないと危機感はありました。エスパルスの練習に参加をした時に早くより高いレベルでプレーをしたいと思っていたので、オファーを頂いた際に迷いはなかったです」
真っ直ぐな目は覚悟が宿っていた。彼にとってプロサッカー選手になることはゴールではなく、あくまで通過点。その先の大きな舞台を見据えているからこそ、今自分が何をすべきかしっかりとビジョンをもって考えている。
だが、昨年まではそのビジョンが思うように描けなかった。それはプロという目標が曖昧だったからではなく、明確な目標と意思を持ちながらも、なかなか現実が上手くいかなかったからだった。
2005年12月29日に東京都江戸川区で生まれた辻は、小学校時代は葛西FC、中学時代はフレンドリージュニアユースでプレーし、中学2年生の時は関東大会に出場。クレバーなボランチとして活躍をしていた。
「家から近いクラブでプレーをしていて、高校進学の時には家から出て寮生活がしたいと思っていたんです。その中で都内の高校、新潟の高校からも話をいただいたのですが、帝京第三(山梨)は僕が中2の時から追いかけてくれていたので行くことを決めました」
ちょうど彼が中3の時に山梨学院が選手権優勝を果たし、入学以降は大きな壁となった。辻は1年生から出番を掴み、1年生のインターハイ予選決勝では、延長戦の末に韮崎を2-1で振り切って3大会ぶり11回目のインターハイ出場を決めたピッチに立った。しかし、インターハイ本戦ではベンチ外となり、チームも初戦敗退。
この悔しさをバネに彼は自身の成長にしっかりとフォーカスを当てた。その中で彼は新たな武器を見出していった。
「高校入ってからしばらくはボールを散らすことに美学を感じていましたが、徐々に守備面で『自分の意図した通りに奪う』という部分に興味を持つようになりました。周りを見ることは常に意識をしていたのですが、相手をうまく誘導させて自分のところで奪い取れた時に喜びというか、サッカーの魅力を見出すようになったんです。そこからはより相手を見るようになりました。事前の情報だけでなく、キックオフしてから相手の特徴や狙いを自分なりに分析して、チームとしてボールの握り方やマッチアップする選手の利き足がどっちか、ボールを隠す選手なのか、晒す選手なのかを把握してから、予測や周りの動かし方を考える。それを練習や紅白戦からも意識するようになりましたし、うまく誘き寄せても自分の寄せが甘くて奪えなかったら意味がないので、球際の部分も強く意識するようになりました。相手から見えない位置に立って一気に奪い取ることも高校時代に身につけました」
こう振り返るように、ふとした興味から育まれていった危機察知能力と予測の精度。そしてそこから派生した出足の鋭さ、ボールを奪う技術。着実に成長を続ける一方で、結果には恵まれなかった。
1年のインターハイ以降はチームも全国大会に出場できず、キャプテンとして迎えた3年生ではインターハイ予選決勝で山梨学院に1-3で敗れた。
まだ全国大会に一度も出ていないことも影響してか、全国的には無名に近かった彼は大学経由でプロになるために関東大学サッカーリーグ1部でプレーすることを希望し、中央大学と法政大学の練習に参加。しかし、2つとも不合格に終わった―。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。




















