「退屈な決勝」の裏にあった“真実” アルゼンチンの狂気も…残酷にも進めた「自分たちの戦い方」

W杯決勝でスペインがアルゼンチンを下した【写真:ロイター】
W杯決勝でスペインがアルゼンチンを下した【写真:ロイター】

W杯決勝はスペインが延長戦の末にアルゼンチンを1-0で下した

 試合前日、ニューヨークのタイムズ・スクウェアに足を運ぶと異様な光景が広がっていた。大勢のアルゼンチンサポーターが集結し、歌い、踊り、花火を上げ、自国のヒーローたちに声援を送っていた。神の子と称されるリオネル・メッシを中心に僅差の戦いを勝ちながら決勝へと進んだチームに最後のパワーを送るが如く、サポーターは声を枯らしながら勝利を願った。その光景はある種の狂気をまとっていた。

 間違いなく機運は高まっていた。薄氷の勝利をつなぎ、絶対的エースに率いられて2連覇を懸けて勝ち上がってきたチームだ。そこには負ける理由が見当たらないようにも見えた。

 だが、サッカーは簡単ではなかった。逆転に逆転を重ね、決勝までたどり着いたチームは、この日、120分間でわずか2本のシュートしか放てなかった。試合は1-0、組織的かつ個の技術に長けるスペインが内容で圧倒し、延長戦にまでもつれた激闘を制した。

 決勝らしい慎重な入り、悠々とボールを動かすスペインに全く攻め込めないアルゼンチン、沈黙するメッシ。スコアボードとシュート数だけを見れば、「退屈な決勝」という評価も的外れではないかもしれない。事実、試合後にサッカー好きの知人に感想を尋ねると、「退屈だった」と答える人もいた。アメリカ人の友人からは、決勝よりも3位決定戦の方が面白かった、という声さえ聞いた。前回大会、フランスとアルゼンチンが死闘の末に3-3からPKで決着をつけた記憶が新しいだけに、そのギャップはなおさら際立った。

 ただ、それはテレビ画面越しの感想にすぎない。ピッチの上では、間違いなくハイレベルな攻防が繰り広げられていた。そして何より、スタンドを包んでいた空気は、およそ「退屈」という言葉とは無縁の物々しいものだった。

 一つのシュートブロックに大きな歓声が上がり、素晴らしいパスワークに拍手が飛ぶ。延長戦に入った時、戦い続ける選手たちに送られた声援は鳥肌ものだった。延長後半に失点してからのアルゼンチンサポーターの雰囲気は、さらに異様だった。あれだけ苦しい戦いを強いられていたにもかかわらず、まだ追いつけるのではないかと思わせる空気が漂っていた。

 それでも、これまで何度も逆境を跳ね返してきたアルゼンチンの精神力をもってしても勝利は遠かった。

 スペインは冷静かつ冷徹に、時に残酷なまでに試合を進めた。アルゼンチンがボールを持てば素早いプレッシングでボールを回収。洗練されたプレスでロングボールを蹴らせ、フィジカル勝負、スピード勝負に持っていかれても巧みに対応し、自分たちが保持する時間を増やした。相手がどれだけ南米らしいタックルを仕掛けてこようがその挑発に乗らず、どこまでも涼しげにゲームを支配した。

 決勝トーナメントでイングランド、スイス、エジプト、カーボベルデといったチームがアルゼンチンの前に敗れたが、どのチームも、どこかでアルゼンチンのペースに飲み込まれていった。その中で唯一、乗らなかったのがスペインだ。

 背景にあったのは、自分たちがやるべきことを最後まで貫く姿勢だった。コンパクトな守備で素早くボールを奪い、巧みに動かして敵陣を攻略する。攻撃も守備も誰一人サボることなく動き続けた。他の試合でもそうだが、スペインは自分たちからやり方を変えることはなかった。最初から最後まで、自分たちの戦い方を曲げないチームだったのだ。

 試合終了後、アルゼンチンサポーターが奮闘した選手たちに歌を送る。その輪の中心には、最後までゴールを奪えなかったメッシの姿があった。タイムズ・スクウェアを埋めた、あの狂気にも似た声援は幻ではなかった。

 そのすぐ横で、勝者となったスペインの選手たちの表情にも驕りはなかった。

 闘争心も、規律も、どちらもサッカーだ。ただ、この夜のピッチでは、後者がわずかに勝っていた。

(林 遼平 / Ryohei Hayashi)



page 1/1

林 遼平

はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング