女子高生も興味「ハーランドがいればね~」 世間のW杯熱…日本が待望する「怪物」誕生のカギ

W杯デビューから4試合で7得点は「爆撃機」ミュラー以来
「日本にもハーランドがいればね~」。電車の中で、女子高生が話していた。ノルウェーの怪物FWハーランドがいかにすごいか。日本も怪物ストライカーがいれば、ブラジルに勝てたのではないか…。「ハーランドのインスタ見た?」「見た見た!」。W杯熱は、まだまだ続いている。
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ブラジル相手に頭と左足で豪快なゴール。W杯デビューから4試合(1次リーグ最終戦は欠場)で7得点は、1970年メキシコ大会で西ドイツの「爆撃機」ゲルト・ミュラーが決めて以来らしい。ストライカーとして、これほど頼もしい存在はいない。
今大会、上田絢世は日本代表のストライカーとして活躍した。チュニジア戦の2得点は見事だったし、ポスト役としても貢献した。オランダで大きなDFにもまれて逞しさが増し、精神面でも点取り屋らしく成長した。競り合いにも負けない強靭な肉体は、日本の大きな武器になった。
ただ、182センチの身長は変わらない。体重も76キロだ。ハーランドの195センチ、94キロと比べると、やはり小さい。もちろん、体の大きさがすべてではないし、メッシなど小柄でもすごい選手はいる。それでも「規格外」という言葉は魅力的。上田はさらに成長するだろうし、期待もする。それでも「怪物」が日本にいればと思う。
日本サッカーの歴史にも「怪物」はいた。昨年亡くなった釜本邦茂さんだ。生で見たのは晩年だったけれど、全盛期は強烈なシュートと滞空時間の長いヘディングでゴールを量産。守備に走り回るイメージはなく、だいぶ後に話を聞いたら「日本のFWは守備に走って疲れるから、点を取れる時に取れない」と言っていた。点取り屋としての自負も「怪物」だった。
だから、68年メキシコ五輪で銅メダルを獲得した時の日本代表は「戦術釜本」だった。前線に釜本を残して他の選手は粘り強く守る。左ウイングの「黄金の左足」杉山隆一にボールを集め、その杉山からのパスを釜本が決める。オールドファンが「今の日本代表に釜本がいれば」と言うのも分かる。
もっとも、釜本の身長は182センチ(公称179センチ)。半世紀前なら世界的にも武器になっただろうが、近年急激にサイズアップしている日本代表の中では、FWの平均的な大きさにすぎない。
ハーランドは、そのサイズを生かして相手DF2、3人を吹き飛ばしてゴールに迫る。巨体ながらスピードも抜群、圧倒的なスプリントでゴールを狙う。さらに、チームを第一に考える謙虚さを持ち、誠実で誰からも愛される。「そんな選手は日本にはいないなあ」と思ってテレビを付けた。「いた!」。メジャー300本塁打を放った大谷翔平だ。
193センチ、95キロとサイズはほぼ同じ。圧倒的なパワーで本塁打を放ち、抜群のスピードで盗塁を決める。もちろん、野球とサッカーは違うけれど、あの体格と身体能力ならサッカーでも大成した可能性は十分にある。今ごろプレミアリーグで得点王争いをしていたかもしれない(あくまで妄想)。
大谷は野球を選んだ。野球が盛んな日本では当然だろう。ブラジル戦後にMF鎌田大地が「日本のサッカーを盛り上げたい」と話したが、子どもたちのファーストチョイスがサッカーになれば状況は変わるかもしれない。しかし、それが簡単でないことは、誰でも想像がつく。
野球でも将来を期待された釜本がサッカーを選んだのは「海外に行けると誘われたからや」と聞いた。Jリーグが誕生する前まで、多少の地域差はあるとはいえ「学校で一番運動できる子、足の速い子は野球をする」が当たり前だった。「サッカーは、お金にならない」からだ。
結局は、いかに子どもたちに選ばれるスポーツになるかということ。1986年、後のJリーグチェアマン川渕三郎氏はテレビで西武対広島のプロ野球日本シリーズを見ていたという。本塁打を放った西武の秋山幸二外野手がバク宙ホームイン。球史に残る名シーンに衝撃を受けた。「野球には、こんな身体能力の高い選手が集まる。サッカーもプロ化しないと」。後にJリーグ創設を決意した瞬間なのだと明かしてくれた。
Jリーグが誕生し、町クラブも増え、子どもたちのサッカー環境は驚くほど変わった。今は野球に次ぐ選択肢になった。とはいえ、ライバルも増えた。バスケットボールはBリーグが盛り上がり、バレーボールも人気。「自由さ」が魅力のダンスなど新しいスポーツもある。だからこそ、サッカーも安閑としてはいられない。
日本代表はベスト32で敗れたが、まだ余韻は残っている。8月には全国60クラブのJリーグが開幕するし、サッカー熱を冷まさないことが大切だ。育成年代でどう「規格外」を受け入れていくかも重要になるだろう。「ないものねだり」をしても仕方がない。どう「日本のハーランド」や「サッカー界の大谷」を育てるかも、日本サッカーが強くなるためのカギになる。
(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)
荻島弘一
おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。





















