トルシエ氏がチュニジア分析「アフリカのイタリア」 中田浩二氏と予想…促した警戒「難しい試合に」

ワイン発売記念イベントに出演、ダバディー氏と3人でトーク
元日本代表フィリップ・トルシエ監督と元代表DFでJ1鹿島アントラーズ強化責任者の中田浩二氏が6月19日夜、都内で開催されたトルシエ氏プロデュースワイン「FLAT3」発売記念テイスティングイベントに出演した。北中米共催ワールドカップ(W杯)グループステージ第2節・日本-チュニジアの展開を予想。共に戦った2002年の日韓共催W杯当時からの関係性を明かした。(取材・文=柳田通斉)
2002年W杯で日本代表を史上初のベスト16に導いたトルシエ氏と、最終ラインの要を担った中田氏。2人は当時通訳を務めたフローラン・ダバディー氏を交え、ワインを飲みながら笑い合った。だが、話が森保ジャパンが控えるチュニジア戦に及ぶと、真剣な眼差しになった。
かつてアフリカの国々を率いた経験を持つトルシエ氏は、チュニジアを「アフリカのイタリア」と評し、警戒を促した。
「彼らはローブロックを敷き、規律正しく守って非保持の時間を長く作ります。日本はボールを持たされる展開になり、イライラさせられるかもしれない。焦らずに相手を走らせ、疲労させることです。早い時間に先制できれば4-0や5-0になる可能性もありますが、0-0の時間が長引けば、難しい試合になる。予想は1-0、あるいは2-0で日本ですね」
中田氏は、その言葉に深くうなずきながら独自の視点を口にした。
「チュニジアは監督が代わったばかりで守備から入ってくるはずです。引いた相手をどう崩すか。ボールを持たされるなかで、焦れずにやることが大事になってきますね。どうしても崩せないときは、セットプレーが鍵になる。私の予想は1-0です。鹿島の後輩でもある上田綺世に点を獲ってほしいですね。エースが獲れば盛り上がるので」
互いの戦術眼をぶつけ合う。22年前には見られなかった光景だ。トルシエ氏は当時を振り返って言った。
「私は、あえて選手たちとは距離を置き、直接コミュニケーションを取ることは少なくしていました。監督としての威厳やオーラを保つためです」
中田氏も、苦笑いを浮かべながら同調した。
「本当にそうでしたね。監督と直接話す機会はほとんどなくて、いつもダバディーさんが間に立っていました。初めて接したユース代表のときは正直、怖かったです。でも、A代表のときは大人として扱ってくれたし、ピッチを離れると優しく声をかけてくれる一面もありました」
若く、個性派ぞろいだった当時の日本代表。そのなかで、指揮官が提唱した「フラット3」の左として信頼していたのが中田氏だった。
「彼は非常にインテリジェンスが高く、落ち着きがありました。私がピッチで表現したいサッカーを誰よりも理解し、体現してくれました」

トルシエ氏、学び直した中田氏を「尊敬」
2005年1月、中田氏は鹿島からトルシエ氏が監督を務めていたフランス1部リーグのオリンピック・マルセイユに移籍。程なくトルシエ氏が解任された経緯もあるが、以降も英語でメッセージを送り合う交流は続いていた。
中田氏は現役引退後、筑波大大学院へ進学し、社会工学を専攻した。一から机に向かって学び直し、修士課程を修了した。理由は、クラブの経営やマネジメントへの道を見据えていたからだった。現在は、鹿島の強化責任者を務めているが、中田氏はあらためて「将来はクラブ経営を」と言った。
その思いと過程を確認し、トルシエ氏は最大限に称賛した。
「現役を引退したトッププレーヤーは多くの場合、監督やコーチを目指すものです。しかし、彼は大学院で学び直し、クラブ経営やチーム強化という非常にタフで重要な道を選んだ。彼が今、鹿島というビッグクラブでその重責を担っていることを私は一人のサッカー人として、心から尊敬しています」
そして、実感を込めて言った。
「22年前、彼と同じテーブルに座り、一緒にワインを飲んで冗談を言い合う日が来るなんて、想像もしていませんでした。ましてや彼がクラブの強化トップとして活躍しているなんてね」
長いときを経てワインのごとく熟成された2人の関係。それは、今後も敬意を持って続いていく。
<トルシエ氏の今>
トルシエ氏は今も「サッカー人」でいる。2023、24年とベトナム代表を率いた後も情熱を失っておらず、新たな現場を求めている状況だ。
一方で、母国フランスのボルドー地方(サンテミリオン)で自身が所有するワイナリーのオーナーを務め、精力的にワイン造りを行っている。本人いわく、生産は年間で8000~1万本。日本の業者とも取り引きをするなど、実業家としての一面も見せている。
そして、新商品の銘柄は、日本代表監督時代の代名詞でもあった戦術から取り「FLAT 3」と名付けた。
「私のワインは、樹齢20年以下の若いブドウから作られています。若々しく、フルーティーでエレガント。そしてダイナミックさを持っている。日本のサムライブルーが勝利したときに祝杯をあげるため、あるいは負けたときの悔しさを忘れるために飲んでほしいですね」
そう言って笑いを誘ったが、ワイン造りに懸ける思いは真剣そのものだ。
「肉屋の息子である私がプロのサッカー選手になり、W杯で指揮を執り、サンテミリオンでワインを造るなんて、子どもの頃は夢にも思っていませんでした」
天候や土壌というコントロールできない自然を相手に、最良のものを引き出す作業。それは、個性豊かな選手たちをまとめ上げる監督業にも似ているという。
「乾杯! 私の願いは、サムライブルーがベスト8の壁をぶち壊すことです」
グラスを高々と掲げたトルシエ氏。その目には、勝利を渇望したあの頃と同じ“熱い炎”が宿っていた。
(柳田通斉 / Michinari Yanagida)















