ファン・ペルシーから直電「行きます」 運命の歯車…破談も一転、名門移籍の舞台裏

フェイエノールトで活躍する渡辺剛【写真:アフロ】
フェイエノールトで活躍する渡辺剛【写真:アフロ】

渡辺剛は今季フェイエノールトで活躍

 北中米ワールドカップ(W杯)開幕まで残りわずか。日本と初戦で対戦するオランダで研鑽を積む日本代表DF渡辺剛はさまざまな挫折を乗り越えてここまで辿り着いた。名門フェイエノールトの最終ラインで、牽引する屈強なセンターバック(CB)。成功への階段は、決して用意された平坦な道ではなかった。「FOOTBALL ZONE」のインタビューではプロ入り後、荒波逆巻く欧州で掴み取った“チャンス”について語った。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞/全3回の2回目)

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 目標の扉を1つ開いた。山梨学院高校、中央大学を経てFC東京でプロ入り。新たな舞台で渡辺を待っていたのは、巨大な背中だった。元日本代表DF森重真人。FC東京の象徴であり、圧倒的なクオリティーを誇るレジェンドだ。

「森重さんは、どんなことがあっても変わらなかった。誰かがスタメンを奪う隙すら与えないし、パフォーマンスは常にトップ。誰よりも早く練習場に来て、誰よりも最後に帰る。日本のトップ、そして日本代表という存在がどれほど重いものか。共に過ごした3年間で、その背中からすべてを学びました」

 当初、渡辺の夢は「森重さんのような、FC東京のレジェンドになること」だった。だが、2019年のE-1選手権で日本代表に初選出され、胸の奥で静かに、そして激しく火がついた。

「海外ってすごいな、放っているオーラが違うな、と感じました。自信の持ち方も、プレーのクオリティーも、全然違う。FC東京の3年目にちょっとスランプに陥って苦しんでいた時期ということもあって、自分を変えるには環境を激変させるしかない、もっと苦しい場所へ行かなければ自分のためにならないんじゃないか、と考えるようになりました」

 2021年冬、ベルギー1部コルトレイクからオファーが届いた。「1年前ぐらいから半年ごとにオファーをもらっていた」。渡辺は即決した。「海外に行くと決断した時期だったので即答」。自分の思いのまま、突き進む道を選んだ。だが、新天地で待っていたのは、Jリーグの恵まれた環境とは対極の、過酷な現実だった。

コルトレイクで実感「プロか?」

「衝撃でした。スタジアムに併設されているところで練習技に着替えるけど、狭い部屋でジムもほぼない。練習場まで砂利道を5、6分歩く。それも全員スパイクのままで。車で10分かけて別の練習場へ行く時も、みんなスパイクで運転して移動する。『これ、本当にプロか?』って思う時期もありましたね」

 環境だけではない。アウェー遠征に3時間かけて帯同したにもかかわらず、アップ中に「今日はベンチ外だからスタンドへ行け」と告げられたこともあった。当時、対戦相手のゲンクに日本代表MF伊東純也がおり、初対面だったため挨拶しにいった。

「純也くんのところに行ったら『お前、いたの?』と言われて。純也くんに悪気はない。メンバー表に名前がないのに、僕がスタジアムにいるなんて思わないじゃないですか。あの時は本当に、情けなくて、恥ずかしくて……。最初の半年間はとにかく大変でした。でも、落ち込んでいる暇はなかった。3年契約なんだ、その間に絶対に結果を出してやる、って。無心で食らいつきました」

 その不屈の姿勢が実を結び、ベルギーの強豪ヘントへステップアップを果たす。出した結果は全試合フル出場、年間MVP獲得。日本人DFとして類を見ない快挙を成し遂げた。だからこそ生まれた次なる渇望。目には、さらにその先――オランダの名門、フェイエノールトの姿が映っていた。

 移籍交渉は難航を極めた。ヘントは守備の柱である渡辺を放出する気はなく、高額な移籍金を設定。交渉は1度、完全に破談したが、ここで発揮したのがこれまでの人生で培った“勝負強さ”だった。

「ヘントでやれることはやった。絶対にフェイエノールトに行きたかった。クラブと何度も話し合って『僕も全力を尽くすから、チャンスが来たら絶対に話を聞いてほしい』と約束を取り付けました。そしたら、たまたまその話をした3日後にフェイエノールトとの練習試合があった。これ以上ないすごいタイミングでした」

掴み取ったフェイエノールト移籍

 渡辺は、その試合に人生のすべてを懸けた。練習試合という枠組みを超え、殺気立った気迫を纏ってピッチに立った。

「知人たちには『ここに全部懸ける。公式戦だと思ってやる』と宣言しました。開始5分に僕のインターセプトから得点が生まれて、手応えはあった。そして後半には相手のCBが接触で怪我をしてしまったんです。不運な事故だったけど、僕にとってはそこが分かれ目。試合が終わった瞬間、代理人から『フェイエノールトが動いている』と連絡が来た。その日の夕方、ファン・ペルシー監督から直接ビデオ通話が来たんです」

 画面越しに映る、オランダのレジェンド。放たれたのは「やってくれ」という言葉だった。もちろん即決。「行きます」。評価を実感した。

「移籍金の交渉もその日の夜にまとまりました。ヘントも相手CBを怪我させてしまったという申し訳なさがあったと思う。クラブとの約束、練習試合でのパフォーマンス、運……すべてが繋がった。『こんなこと、本当にあるんだ』って。フェイエノールトは負けるだけでものすごい批判を浴びる。でも、だからこそここで生き残れば日本代表の道が見えると確信しました」

 運を引き寄せ、ねじ伏せた。その強靭なメンタリティーは、異国の地でさらなる光を放っていた。

(FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)



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