日本代表、三笘薫が不在のときの勝率は? ブラジルに勝利も…試される森保監督の采配

楽観的に見れば、三笘がいなくてもブラジルに勝ち、中村が大活躍を続けた
三笘薫の負傷に日本代表が揺れている。5月9日に開催されたイングランド1部プレミアリーグ第36節のウォルバーハンプトン戦。後半10分に左サイドを突破しようとしていた三笘は自らプレーを止め、左臀部に近い部分を押さえ倒れ込んだ。すぐにメディカルスタッフが駆けつけるも、そのまま交代。自力で歩いてピッチをあとにしたが、左足を引きずっていた。
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三笘抜きの日本代表はどうなってしまうのか。
2022年カタールワールドカップ(W杯)の際も三笘は負傷を抱えており、フルタイムでの出場は難しかった。初戦のドイツ戦は後半12分から、2戦目のコスタリカ戦は後半17分から、スペイン戦では後半から出場している。
そのスペイン戦では後半8分、ゴールラインを割ろうとしているボールをギリギリで折り返し、田中碧の決勝点を演出した。「三笘の1ミリ」として知られるプレーは、三笘のスピードと技術の高さを表した場面の一つと言えるだろう。
三笘はベスト16のクロアチア戦、同点に追いつかれた後の後半19分に登場。結局カタール大会で先発することはなかった。コスタリカ戦以外は長友佑都と、コスタリカ戦では山根視来と交代で出場している。
2023年以降も三笘は怪我に泣かされてきた。2023年は10月、11月ともに離脱。2024年にカタールで開催されたアジアカップでもグループリーグの出場はなく、ベスト16のバーレーン戦、ベスト8のイラン戦では後半22分からの出場と、時間は限定されていた。
そのまま3月と6月の代表では招集外。2025年6月のW杯アジア最終予選は突破を決めていたため若手選手が試されたが、10月と11月は負傷で再び招集外となっていた。2026年3月のスコットランド戦、イングランド戦で復帰したばかりだった。
2023年以降、日本が敗戦を喫したのは2023年3月28日のコロンビア戦、2024年アジアカップのイラク戦、イラン戦、2025年6月のオーストラリア戦、9月のアメリカ戦に限られる。このうち三笘が出場したのはコロンビア戦、イラン戦、アメリカ戦の3試合。イラク戦は出場回避、オーストラリア戦は招集外だった。
苦しい試合では必ずといっていいほど頼りにされてきた。2022年3月24日、ワールドカップ出場をかけたアウェイのオーストラリア戦で後半39分に投入され、そこから2点を叩きだして本大会を決めたときから、常に切り札だったのだ。
2023年以降の日本代表戦では4ゴール。得点数としては多くはないかもしれない。それでも、今年の3月31日にウェンブリー・スタジアムで挙げた決勝点は記憶に新しい。得点以上に、個人で局面を打開し、決定的なチャンスを作り出してきた可能性は高い。
度重なる怪我に、森保一監督はその都度、三笘抜きの対処法を考えてこなければならなかった。今回もその対応策を実践する局面になるだろう。
三笘が出場しなかったときの日本代表はどんな戦績だったのか。
2023年9月12日のトルコ戦は4-2と勝利を収めた。同年10月13日のカナダ戦は4-1と大勝。10月17日のチュニジア戦は2-0。11月のミャンマー戦、シリア戦はともに5-0と大勝しており、この2試合で5得点を挙げた上田綺世が大きな役割を果たしている。
2024年3月の北朝鮮戦は1-0の勝利。6月のミャンマー戦、シリア戦はともに5-0で勝利を収め、2試合で中村敬斗、小川航基、堂安律が2点ずつを挙げた。
2025年3月のサウジアラビア戦は0-0の引き分け。10月のパラグアイ戦は勝利し、ブラジル戦では南野拓実、中村、上田のゴールで逆転勝ちしている。11月になってもガーナ戦を2-0、ボリビア戦では3-0と危なげない勝利を収めた。
楽観的に見れば、三笘がいなくてもブラジルに勝ち、中村が大活躍を続け、さらに頼れるエースの上田がいると言えるだろう。一方で悲観的に見れば、ブラジル代表はW杯に向けたテストをしているチームだったし、三笘がいたときの試合の相手もW杯に向けてさらにレベルを上げてくるに違いないときに、切り札が使えないのは、それだけで苦戦必至だと言える。
頼るべきは、これまで多くの苦境を乗り越えてきた森保監督の采配ということになるだろう。もっとも今回のアクシデントが、想定しうるなかでも厳しいケースの一つだったことは否定できないはずだ。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。



















