最終節後に「勉強に専念します」 朝5時半起床→21時まで塾…J内定の逸材が挑んだ受験

筑波大学の小川遼也【写真:安藤隆人】
筑波大学の小川遼也【写真:安藤隆人】

筑波大学の小川遼也「個人的には落ちたら浪人するつもりでした」

 筑波大学4年生のCB小川遼也は2027年からのファジアーノ岡山入りが内定した。プロサッカー選手と医者。彼が高校時代に目指していたものはどれも達成が難しい非常に高い目標だった。文武両道の高校生活を送った小川は、最終的に筑波大学の体育専門学群を一般受験する。(取材・文=安藤隆人/全4回の3回目)

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「筑波大の練習参加をして一気に未来像が広がったんです。そこからはサッカーも勉強もより必死に打ち込みました」

 勉強は時間を見つけて取り組んで、毎日必死に授業に向き合った。サッカーでも全体練習の後にコーチを捕まえて、両足のフィードや対人などを最後まで残って自主練をやり続けた。

「とにかく後悔だけはしたくなかった。必死にしがみついていけば未来は開かれると信じていたし、両親にも『とにかくしがみついてやりなさい』と言われていたので、自分の100%を出し続けることにこだわりました」

 高校3年生の10月にプリンスリーグ北信越最終節・日本文理高戦を戦い終えた後、「ここから受験まで勉強に専念します」と関係者に告げて、カターレ富山U-18の活動を終える形で勉強にフルコミットした。

 毎朝5時半に起床し、家の周辺を1時間ランニングしてから学校に行き、授業前の朝の時間に勉強をし、1限から6限まで授業を受けた後に16時から21時まで塾の自習室に行って勉強に励んだ。

 迎えた受験シーズン。1つだけ私立の早稲田大のスポーツ科学部を受験し、1月下旬に合格通知を受け取った。センター試験を経て、希望する体育専門学群は前期試験のみ。

「早稲田という選択肢もあったのですが、個人的には落ちたら浪人するつもりでした」と覚悟を持って臨んだ結果、見事に合格を勝ち取った。

 2023年4月。晴れて筑波大蹴球部の一員となると、改めてそのレベルの高さを目の当たりにした。当時、CBのポジションは3年生に福井啓太(ヴァンフォーレ甲府)、2年生に諏訪間幸成(横浜F・マリノス)がいた。

「紅白戦でメンバー外として外で見ているときに、小井土(正亮)監督が近づいてきて、『あの2人の動きはよく見ておいた方がいいよ。前にもアタックできるし、背後のカバーもできるポジショニングを取っているよね? サッカーは常に準備が大事。あの2人はそれがすごいから』と言ってくれたんです。そこで『見て盗まなきゃ』と強く思ったことがきっかけで、よりCBについて分析するようになりました」

 小井土監督がこうアドバイスをしたのは、それだけ小川に大きなポテンシャルを感じていたからだった。「フィジカルもあるし、両足も蹴れる。賢さもあるし、一般で来てくれたのは嬉しかったし、『将来的に面白い存在になる』と思っていました」(小井土監督)と回顧したように、すでに推薦組から見ても脅威の存在となりつつあった。

「僕のなかで『4年間で試合に出られるようになればいいや』という考えは一切ありませんでした。同時により全力を尽くさないと現実的に4年間出られないこともありうるという危機感も強烈に抱きました。そうならないように、まずは推薦組の選手たちがどんなことを考えているのか、どんな練習をして、意識を持っているのかを学ばないと上には行けないと思ったので、福井さん、諏訪間さん以外にも、全ての推薦組の選手の取り組みを観察しました。

 そのなかで当時4年生だった山内翔(ヴィッセル神戸)さんの存在が大きくて、無名の僕にも気さくに話しかけてくれるし、何より1時間半の練習にかける準備と想いと、その先にある試合に向けてのパワーがすごかった。これが当たり前にならないといけないと思って取り組みました」

 1年生ながら関東大学サッカーリーグ1部でベンチ入りを果たすと、2年生でついにブレイクのときを迎える。福井と諏訪間が怪我で離脱することが増え、かつCBもできる池谷銀姿郎がサイドバックをメインにやり始めたこともあり、その穴埋めとして小川に白羽の矢が立った。

 関東1部前期でスタメンとして経験を重ねると、天皇杯2回戦のJ1・町田ゼルビア戦ではスタメンとして堅守を構築。ミッチェル・デュークとのマッチアップを持ち前のフィジカルと駆け引きのうまさを駆使して互角に渡り合った。後半40分に交代を告げられたが、後半アディショナルタイムのFW内野航太郎(神戸)のゴールで1-1の同点に追いついたチームは、PK戦の末でジャイアントキリングを起こした。

 リーグ後期から不動のCBとなり、インカレでもベスト8まで全ての試合にフル出場を果たした。

「運が良かった部分もありましたが、成功体験を積んでいくことができました」

 一気に頭角を現した小川に、小井土監督だけではなく、周りの選手も一目を置くようになった。福井は「遼也が一気に成長したことで、本当に危機感を覚えました。より練習から目の色を変えることができたと思います」と口にすれば、同級生のチームの中枢的選手であるMF徳永涼も「入学したときからポテンシャルは高いと思っていましたが、吸収力がとんでもなくて、試合をこなすごとに成長していく姿は大きな刺激になりました」と舌を巻いた。

 それに対し、小川は「これは筑波大学だからできたことだと思います」とはっきりと口にする。

「ここではトップチームに一般生が来ても誰も驚かないというか、当たり前の状況。それに蹴球部を組織的に運営しているのは一般生が中心だし、トップチームの推薦組の選手も『サッカーをすることができるのは一般生のおかげ』という認識を当たり前のように持っているし、この蹴球部はそもそもそれで成り立っている。サッカーがうまいから偉いという価値観がこの組織にはない。実力的には1人の選手として差を感じたとしても、1人の人間としては身分とか立場での差を感じないんです。間違いなくその環境が僕の背中を押してくれたんです」

 そして昨年、チームの中心だけでなく、大学サッカー屈指のCBとして一気にJクラブの激しい争奪戦がスタートした。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。

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