悩んだプロか”医者”か「初めて秤に」 進学先候補で受けた衝撃…決断で芽生えてきた「ワクワク感」

進学校に通いながら富山ユースでプレーしていた小川遼也
筑波大学4年生のCB小川遼也は2027年からのファジアーノ岡山入りが内定した。プロサッカー選手と医者。彼が高校時代に目指していたものはどれも達成が難しい非常に高い目標だった。どれか1つでも難関なのに、2つとなるととてつもない難関になる。(取材・文=安藤隆人/全4回の2回目)
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「サッカーに勉強に必死に励んでいる日々だったのですが、高2になると両方うまく行かない時期に入ってしまったんです。それまではサッカーでは高1の11月に初めてU-16日本代表候補に入って、その翌月にもU-17日本代表候補に選ばれて、『トップ昇格も狙える』と思っていたんです。でもその一方で勉強は上位に食い込めなくなり、このままじゃ医学部受験は厳しい状態になっていった。次第にサッカーも高2になると試合には常に出させてもらっているけど、成長している実感があまりなくて、トップチームの練習に参加をした時に、スピードや強度など何もかもが違って、『あ、これは俺がやれるレベルじゃない』と思ったんです。次第に代表からも声がかからなくなっていって、正直『どれも中途半端になってしまっているんじゃないか』と悩むようになりました」
それまでは比較的トントン拍子で来ることができた。だが、突然目の前に現れた大きな壁。この壁の前でもがき始めるようになった。
「この時はすごく自分に期待をしていた時期で、はっきり言うと調子に乗っていたなと思います。それが両方で厳しい現実を突きつけられて、『どうすればいいか』をすぐに見出せないまま、ただ忙しい毎日をこなすことに必死になってしまっていたと思います」
努力は継続している。サッカーにも勉強にも自分なりに精一杯向き合っている。でも、どちらも結果が思うように出せない。明確な答えを見つけたがる性格だった故に、悩みはどんどん深くなっていく。徐々に自分の理想からかけ離れていくように感じた小川に1つの大きな転機が訪れた。
高2の夏の進路相談。この時の成績は学校で真ん中ほどだった。県下ナンバーワンの進学校で、ほとんどの生徒が勉強にフルコミットしている中で、Jユースでサッカーをやりながらの成績としては決して悪くはなかった。
だが、医学部は現実問題厳しかった。もしこのタイミングで医学部を目指すなら、サッカーを辞めないと届かない現実があった。そこで小川は大学でサッカーを続けられて、かつ勉強もしっかりと出来る場所を真剣に探すことになった。
「このままではどっちもダメになる。医者とサッカーを初めて秤にかけました。この2つに向き合った時に、やっぱりサッカーがずっと大好きで、絶対にプロになりたいと強く思いました」
小川がとった行動は医学部進学を一度断念し、別の学部で勉強をしながら、かつサッカーも強い大学への進学に向けてひたすらリサーチすることだった。進路相談の先生と議論しながら、ネットで参考となる文献を検索して読み漁った。
「大学サッカーに行くなら絶対に関東となって、明治大、中央大、慶應義塾大などが上がっていく中で、戸嶋祥郎(柏レイソル)さんの記事を読んだんです。筑波大学は国立大学だし、三笘薫さんや谷口彰悟さんを輩出していることは知っていましたが、一般受験で入学して中心になって、そこからプロの世界で活躍できる選手になっていったことを知って、『一般で入ってもプロを目指せるんだ』と大きな衝撃を受けました」
さらに実際に筑波大ではどんなことが学べるのか、どういう学部があるのかを調べた。
「サッカー部の選手の多くが所属する体育専門学群に行けば、三笘さんたちのようにサッカーを多角的な視野で学べるし、より理論的に、構造的にメカニズムなどを理解した上でプレーできるということに少し停滞していた勉強とサッカーに対するワクワク感が芽生えてきたんです」
当時、戸嶋(市立浦和高、柏)、三丸拡(真岡高、柏)、加藤匠人(柏U-18・日体大柏高、現・沖縄SV)の3人が一般受験からJリーガーになっていた。先人たちに刺激を受けた小川は、筑波大進学という新たな目標を設定し、サッカーと勉強の両立に打ち込むようになった。
高3になると進路面談でも「一般受験で筑波大に行きます」と断言。東海地区のサッカー強豪大などからはサッカー推薦のオファーも来ていたが、決意は一切揺るがなかった。
7月には実際に筑波大の練習に参加。レベルの高さに衝撃を受けながらも、トップチームの練習に参加した時の感覚とは異なり、「サッカーだけではなく、人間としても絶対に伸びる環境だ」と大きな未来が見えたという。
ちょうど練習参加前に、筑波大に対するリサーチを続けていた小川は、筑波大蹴球部に医学部に所属しているトップチームの選手がいることを知った。
「一般受験で医学部に入った川勝翔太さんの記事を読んで、僕が高2で一度諦めた道を実際に歩んでいる人が実際にいることに大きな衝撃を受けました。もう尊敬でしかなかったし、そういう選手がトップでも頑張っているチームなら、絶対に他では学べないことがここでは学ぶことが出来ると確信したんです」
筑波大にも学群推薦というサッカー推薦があるが、その枠は非常に狭き門で、ちょうどこの年はFW内野航太郎(横浜F・マリノスユース、ヴィッセル神戸)、小林俊瑛(大津高)、MF徳永涼(前橋育英高)、篠田翼(昌平高)、廣井蘭土(帝京長岡高)、DF池谷銀姿郎(横浜FCユース、ガンバ大阪)という錚々たるメンバーが推薦で入る代だった。その現実を見ても、「雲の上の存在だけど、一緒にやりたいと思った」と、プロサッカー選手になるという思いをより強固なものにさせた小川の意思は揺るぎなかった―。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。













