1386日ぶり得点「つらかった」 新潟10番→欧州…“至宝”が陥った苦境「きつかった」

C大阪の本間至恩【写真:柳瀬心祐】
C大阪の本間至恩【写真:柳瀬心祐】

C大阪の本間至恩「メンタル的にもかなりきつかったですね」

 セレッソ大阪の攻撃陣に名を連ねてから1年あまり。アルビレックス新潟時代には「至宝」と呼ばれたMF本間至恩が、待望の移籍後初ゴールを決めた。ベルギーから帰国し、浦和レッズに加入した2024年7月以降でも初めてとなる一撃に凝縮された、25歳の技巧派アタッカーの万感の思いを追った。(取材・文=藤江直人)

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 自虐ネタを織り交ぜ、チームメイトたちの爆笑を誘ったジョークが現実のものになった。

 ヨドコウ桜スタジアムからYANMAR HANASAKA STADIUMに名称が改められたホームに、京都サンガF.C.を迎えた4月18日のJ1百年構想リーグ地域リーグラウンドWESTグループ第11節。キックオフが間近に迫ったC大阪のロッカールームに、右サイドハーフで先発する本間至恩の声が響いた。

「シュートを打っても入らんから、もうキーパーを抜かなあかんわ」

 半分はジョークで、もう半分は本音だったかもしれない。浦和から期限付き移籍で加入してから1年あまり。京都戦のキックオフ前の時点で、本間は公式戦26試合で無得点が続いていた。

 加えて、自身が累積警告で出場停止だった11日の前節で、セレッソは敵地パナソニックスタジアム吹田でガンバ大阪との大阪ダービーを1-0で制していた。当然ながら危機感に拍車がかかってくる。

「自分もここで何かやらないと、出場機会がどんどんなくなっていくかもしれない」

 こんな思いを抱きながらピッチに立った本間に、ついにビッグチャンスが訪れた。前半18分にFWチアゴ・アンドラーデのゴールで先制しながら追加点を奪えず、1点差のまま時間が経過した後半21分だった。

 敵陣の右タッチライン際で、相手ボールのスローインのこぼれ球を拾ったMF石渡ネルソンが中央へ切れ込んでいく。ドリブルを食い止めようと、京都のMFジョアン・ペドロが強烈なプレッシャーをかけた直後だった。

 石渡はバランスを崩しながらもしっかりと左足を振り抜き、京都のペナルティーエリア内へスルーパスを送る。直前に視線を合わせ、左手で合図を送ってからダッシュした本間とのホットラインが鮮やかに開通した。

「ネル(石渡)が本当にいいボールをくれたので、これでゴールを決めなければもうチャンスはないと思ったくらいでした。なので、パスが来てボールを止めた瞬間に『あっ、抜こう』と決めました」

 直前に3バックに変えていた京都の最終ライン、真ん中のDF鈴木義宜と右のDF須貝英大の間を瞬く間にすり抜け、ボールを収めた本間は間髪入れずに京都の守護神・GK太田岳志の一挙手一投足を冷静に見極めた。

 ともに右足のアウトサイドを駆使した本間は、ファーストタッチで右へもちだして飛び出してきた太田を軽やかにかわす。さらにセカンドタッチで、ダイブした太田の手が届かない場所へボールを運んだ。

 次の瞬間、相手キーパーをかわした本間がジョークそのままに無人のゴールへボールを流し込んだ。

「ついに、です。やっとです。めちゃうれしいです。そんな言葉しか出てこないです」

 セレッソ移籍後で初ゴールに喜びを爆発させた本間は、さらにこんな言葉を紡いでいる。

「自分としては得点を取りたくて、もうひとつ前のタイミングでいつも動き出していた。ただ、あの場面はネルが最高のタイミングで前を向いてくれたし、自分としても本当にラストチャンスだと思ったので逆に冷静にキーパーを見ました。いつもと違うタイミングで、我慢したところがよかったんじゃないか、と」

 極上のパスだったからこそ、何がなんでも追加点に結びつけなければいけない。セレッソの勝利を最優先させたい本間の思いが最も確率の高いシュート、つまりは相手キーパーまでをも抜き去る形を選ばせた。

 身長164センチ・体重60キロの本間は、細かいボールタッチを駆使した敏捷性に長けたドリブルを武器にしてきた。同じくサイズが161センチ・59キロの小兵で、チアゴ・アンドラーデの先制点をアシストしていた右サイドハーフのMF柴山昌也の名前もあげながら、今度は100%ジョークで笑顔を弾けさせた。

「僕とシバ(柴山)は、もうキーパーを抜いてからのシュートのほうが簡単かもしれないですね」

 試合は後半アディショナルタイムにもゴールを重ねたセレッソが、京都をクリーンシートに封じて快勝した。勝敗を決定づけた本間の追加点は、実は日本国内で1386日ぶりに決めたゴールでもあった。

 新潟で主軸を担っていた、2022年7月2日のザスパクサツ群馬とのJ2リーグ第24節での先制ゴールを最後に本間は渡欧。ベルギー1部のクラブ・ブルッヘへ完全移籍した。

 セカンドチームのクラブNXTを含めて、約2年間プレーした後の2024年7月に浦和へ完全移籍。Jリーグへの復帰を果たしたものの、2024シーズンは出場わずか3試合、無得点で終えている。

 昨シーズンにいたっては、一度もベンチ入りを果たせないまま3月にセレッソへ期限付き移籍。直後の4月には左橈骨遠位端骨折および左尺骨茎状突起骨折で手術を受けて、6月中旬まで欠場を余儀なくされた。

 期限付き移籍を6月末まで延長して臨んでいる百年構想リーグ。本間はこんな言葉を残している。

「怪我をした時期もつらかったですけど、ゴールを決められなかった時期が本当に長かったので、自分としてはけっこう焦りがあったというか、そのほうがつらかったですね。海外から帰ってきてだいぶ長くかかりましたけど、まあ肩の荷が下りたというか、これでまたリラックスしてプレーできると思っています」

 最も大きなプレッシャーを感じたのは浦和時代だったのか。本間は苦笑しながら首を横に振った。

「浦和時代は試合にもあまり絡めなかったので。セレッソではけっこう試合に出させてもらいましたし、チャンスがたくさんあったなかでゴールを決められない試合が続いた。メンタル的にもかなりきつかったですね」

 新潟市で生まれ育ち、中学生年代のU-15から新潟のアカデミーに所属。U-18時代からトップチームに2種登録されて公式戦の舞台でプレーし、いつしか「新潟の至宝」と呼ばれる存在になった。

 新潟がJ2を戦っていたなかで、2020シーズンからは「10番」を託される。だからこそ、帰国後に無得点が続いた時期は、自分はこんなものじゃないと思ったはずだ。実際、本間は否定しなかった。

「(そういう思いも)ありましたけど、やはりゴールやアシストという結果が、目に見える結果というものがつかなければアピールできないし、周囲のみなさんにも認めてもらえないとずっと思ってきました」

 試合後にはアシストした石渡から「焼肉をおごってもらおうかな」とせがまれた。笑顔で「連れて行くわ」と快諾した本間のゴールは、J1の公式戦で初めて決めた一撃としても注目された。

 もっとも、実は日本サッカー協会主催の公式戦でJ1クラブ相手にひとつだけゴールを決めていた。

 2021年8月4日の天皇杯3回戦。ハーフタイムから途中出場していた本間が後半アディショナルタイムに決めたゴールで追い上げたJ2の新潟だったが、善戦空しくJ1のセレッソに2-3で敗れている。

 ヨドコウ桜スタジアムでセレッソに冷や汗をかかせてから1718日。くしくも当時の対戦相手の一員として、同じピッチ上で決めた“らしさ”満開のゴールから、呪縛から解放された本間の新たな戦いが幕を開ける。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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