ファインダー越しに見た…日本代表の「モノクロの敗北感」 激変した“指揮官の表情”

過去に日本代表を率いたフィリップ・トルシエ氏【写真:徳原隆元】
過去に日本代表を率いたフィリップ・トルシエ氏【写真:徳原隆元】

ファインダーのなかのトルシエは、柔らかい笑顔を作って見せてくれた

 いよいよ6月に開幕を迎える北中米ワールドカップ(W杯)は、その大会名の通りアメリカ、カナダ、メキシコの3か国による共同開催で行われる。複数国による共同開催は今回が2回目であり、最初に行われたのが2002年の日韓大会だ。(文=徳原隆元)

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 1993年に誕生したJリーグが起爆剤となり、日本でもサッカーがメジャースポーツへと昇華して全国的な人気を博していく。そのサッカー人気のひとつの到達点となったのが自国開催のW杯だ。

 ホストカントリーとなった日本の指揮官はフランス人のフィリップ・トルシエ。昨年の6月27日、大阪のチャリティーマッチで久しぶりに、この元日本代表監督と接する機会があった。カメラのレンズを向けるとファインダーのなかのトルシエは、柔らかい笑顔を作って見せてくれた。四半世紀ほど前のW杯で好成績を目指して戦っていた険しい表情とは違い、柔和で髪にも白いものが混じる姿を目にすると、長いときの流れを実感した。

 当初、自国開催のW杯を控えて日本サッカー協会(JFA)は、名門アーセナルの指揮官を務めていたアーセン・ベンゲルに代表監督の座を託したいと考えていた。だが、名古屋グランパスを強豪へと導き、その後イングランドで成功を収めていた意中のフランス人を口説き落とすことはできなかった。ホストカントリーという重要な役割を担う日本の運命は、ベンゲルの推薦などもあって彼と同国人であるトルシエへと賽は投げられたのだった。

 トルシエには協会や報道陣との衝突もいとわない、どこかエキセントリックなところがあり、その言動がときに行きすぎていると感じることもあった。実際、日本代表監督時代のトルシエにはあまり良い印象はない。

 たが、人間的には抜群の人格者というわけではなかったが、サッカーの指導者としては確かな信念を持っていた。日本が輝くためにトルシエが最良と考えた戦術は、組織的な守備をベースとしたスタイル。メンバーも自らが思い描く戦術を確実に遂行する、堅実な選手を多く選び出す。その選手選考には、フランス人指揮官が目指す戦い方の意図がはっきりと表れていた。

 トルシエは華麗なプレーよりも激しいプレーで相手を封じる守備面での貢献を重視し、日本屈指のテクニシャンであった中村俊輔を選外とする決断を下したのだった。選手がピッチで表現しなければならないプレーの優先順位を考えたとき、トルシエの理想は中村よりも激しい守備と運動量で勝負できる選手だった。ファンタジスタを選外としたことは、トルシエの勝負に徹する覚悟の表れだと言える。

 そのトルシエが打ち出した具体的な戦術はフラット3と呼ばれる、ディフェンダー3人を横一線に並べ、さらにライン設定を高くし、全体の陣形をコンパクトにしてオフサイドトラップを狙うスタイルだった。

 フラット3という言葉は、当時の日本サッカーの代名詞となるのだが、守備陣がこの戦術を体得するために行っていた、練習風景を見て驚いたことがあった。敵を配置することなく3人のディフェンダーが一糸乱れず上下運動の動きを繰り返していたのだ。相手とボールを挟んで渡り合うサッカーというスポーツにおいて、戦術的な動きを練習するのに敵役をまったく配置しないのかと、その見慣れない光景に驚きと戸惑いを感じた。だが、この知的能力を要する動作の繰り返しこそが、フラット3の神髄だったのだ。

 トルシエは日本にも中田英寿や小野伸二といった才能豊かな選手が出現していたものの、個人の力で世界と戦うのは時期早々と考え、フラット3をベースとした組織での守りによる手堅さを最大の武器として、W杯の勝負に挑んだのだった。

 結果、日本は目標としていたグループリーグ突破を無敗(対ベルギー戦2-2、対ロシア戦1-0、対チュニジア戦2-0)で乗り越え、決勝トーナメントに進出する。だが、雨中戦となった決勝トーナメント1回戦で、トルコを相手に見せ場を作ることができずに0-1で敗れ、日本の挑戦は終わった。快進撃を続けていたそれまでの日本には、澄み切った色彩世界が広がっていたが、一変して冷たい雨が降り続くモノクロの敗北感を味わうことになる。

 負ければすべてが終わるトーナメント戦ということで、指揮官が相手への警戒の気持ちをこれまで以上に強く持ったことは理解できる。実際、トルコは試合巧者だった。

 さらにグループリーグで活躍した主力選手が、怪我を負って出場できなかったことも痛かった。トルシエは難敵トルコを倒すために、グループリーグではあまり出番のなかった選手を先発させる冒険的な起用で勝負に出た。だが、これが功を奏さず、日本は90分間を通して精彩を欠き、不完全燃焼のままベスト16で大会を去ることになる。

 数々のスター選手が競演した華やかな舞台で、カメラのファインダー越しに見た、肩を落として立ちすくむ日本人選手たちの姿は、日韓W杯で唯一の切ない思い出である。

 開幕まで2か月を切った北中米W杯で、サムライブルーの選手たちは最後にどんな表情を見せてくれるのか。好成績を期待したいが、サッカーは勝敗が限りなく流動的なスポーツである。どういう結果が待ち受けているのかは分からないが、勝敗や成績に関係なく、持てる力を出し切った晴れやかなフィナーレの姿を写真に切り取りたいと思っている。

(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)



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徳原隆元

とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。

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