神戸の延長オファー断り「もっと出ないと」 絶対に戻らない…複雑な思いを抱いた地元への帰還

神戸の郷家友太【写真:©VISSELKOBE】
神戸の郷家友太【写真:©VISSELKOBE】

4年ぶりに神戸でプレーするMF郷家友太

 今季、4年ぶりにヴィッセル神戸に戻ってきたプロ9年目のMF郷家友太。2018年に青森山田高校から神戸に加入し、高卒ルーキーながらJ1リーグ22試合に出場し、プロ初ゴールをマークするなど、将来の中心選手として大きな期待を集めた。

【PR】ABEMA de DAZN、2/6開幕『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』全試合生配信!毎節厳選6試合は無料!

 しかし、毎年のようにコンスタントに出番は得るものの、主軸として確固たる地位を築けないまま、2023年に故郷のクラブであるJ2のベガルタ仙台に完全移籍。カテゴリーが1つ落ちるクラブへの完全移籍は“片道切符”になりかねない状況のなかで、仙台の絶対的な主軸として3シーズンフル稼働し、その心身ともにチームの柱として安定したプレーをする姿が古巣を動かし、自らの力で“往復切符”に変えて見せた。

 2度目の神戸となる今季、クラブから「長くクラブに貢献してほしい」という想いを込めて、MF山口蛍(V・ファーレン長崎)が背負った背番号5を託され、昨季までサンフレッチェ広島を率いたミヒャエル・スキッベ監督の下、4-1-2-3のインサイドハーフとしてスタメン出場を重ねている。

 自力で掴み取った往復切符を自信に変えて、“リスタート”と位置付けて臨んでいる今、郷家は何を想い、何を感じながらプレーしているのか。インタビューで神戸への想い、仙台への想いを包み隠さず言葉に紡いでくれた――。(取材・文=安藤隆人/全4回の1回目)

   ◇   ◇   ◇

「メンバーの半分以上が4年前と違いますし、スタッフの人たちも入れ替わっていて、新しいチームに移籍をした感覚です」

 4年前とは同じように見えて景色は違う。神戸は郷家が仙台に移籍をした年にJ1リーグ初優勝。翌年にはJ1連覇と天皇杯優勝を遂げるなど、常勝軍団へと成長していた。

「キャンプから本当にスピード感が違いますし、フィジカル、戦術のレベルが相当高いと感じました。施設も前回はなかったカフェテリアができていて、練習後の食事なども本当に充実していますし、今月には『Vissel Performance Center』が完成して、本当に環境面を含めて、クラブ組織としても規模が大きくなって成長しているという印象を受けました。

 改めて大迫勇也選手や武藤嘉紀選手、神戸に同期入団だった佐々木大樹など、本当にレベルが高くて経験豊富な選手が揃っている環境だからこそ、『ここに主軸として割って入らないとダメだ』と強く思っています。危機感を持って、新たなチャレンジができていると思います」

 その言葉には力強さと生気が宿っていた。それを聞くだけでも、郷家がいかに覚悟を持ってこの場に立っているのか、これまでの紆余曲折のなかでプレーだけでなく、精神的にも人間的にも濃い時間を過ごし、成長してきたことが手に取るように分かった。

 精悍な表情に刻まれた熱い想いと矜恃。これが一気に太い信念として確立されたのは、間違いなく仙台での3年間にあった――。

 郷家友太、プロ5年目の2022年。J1リーグ前期はコンスタントに出番を得ていたが、7月にチームを途中から率いていたミゲル・アンヘル・ロティーナ監督が退任し、吉田孝行監督が就任すると出番は激減した。

「来季どうするかと考えたとき、ありがたいことに神戸から契約延長のオファーはいただいていたのですが、やっぱりここからもっと成長するためには試合にもっと出ないといけないと思ったんです。それに高卒からずっといる神戸を離れて、違う環境でトライすることも大事なんじゃないかとも」

 悩んでいる郷家のもとに、中学の途中まで過ごした地元のクラブである仙台からオファーが届いた。正直、驚き以外何物でもなかった。それには理由がある――。

 宮城県多賀城市で生まれ育った郷家は、ベガルタジュニアからジュニアユースに進み、中学3年時にはキャプテンでエースの存在だった。だが、ユース昇格の話を断り、青森山田高への進学を希望した。

 覚悟を決めたきっかけは中学2年生の冬に家族旅行の過程のなかで組み込まれていた高校選手権の観戦だった。しかもそれは青森山田ではなく、ニッパツ三ツ沢競技場で行われた桐光学園vs京都橘の一戦だった。そこで大観衆の前で熱戦を繰り広げる選手たちを見て、「選手権に出たい」という気持ちが一気に掻き立てられた。

「桐光学園は地元だったし、京都橘も応援がすごくて、ちょうど仙頭啓矢(町田ゼルビア)さん、小屋松知哉(名古屋グランパス)さんがいて、本当にレベルが高かった。あまりのレベルの高さと雰囲気の姿に、自分も絶対にここで試合をしたいと思ったんです」

 心に火がついた郷家は、「東北で高校サッカーと言えば青森山田」と心に決め、練習にも参加をした。仙台からもユースに上がるように説得を何度も受けたが、意思は揺るぎなかった。結果、中学3年の10月にジュニアユースを途中で退団して、青森山田中学に転校することになった。

「この出来事がずっと僕の心のなかで引っかかっていたんです。仙台を離れるときに『僕はもうベガルタでプレーすることはないんだ』と思っていて、その気持ちはプロになってからも消えなかった」

 筆者は郷家を青森山田高のときからずっと取材をしているが、当時から仙台への複雑な思いを口にしていた。「絶対に戻らないと思います」と言っていた時期もあったが、正直、その言葉からは強い意志というより、逆に仙台への想いが溢れているように感じた。

 意地と言ってしまえばそれまでだが、郷家のなかで本当は愛着や想いがあることを認めたくない、強制的に抑え込んでいるように見えた。だからこそ、「いつかはベガルタゴールドのユニフォームを着る姿が見たいな」と個人的にはずっと思っていた。

 少し話は逸れてしまったが、環境を変えることを本気で考えていたときに、仙台から獲得オファーが届いた。郷家の心は大きく揺れ動いた――。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



page 1/1

安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング