W杯で起こった“疑惑の判定” 劇的決勝弾も空中で試合終了…監督激怒「彼は時計係だ」

W杯ではどのようなジャッジが見られるのか注目だ【写真:ロイター】
W杯ではどのようなジャッジが見られるのか注目だ【写真:ロイター】

W杯では難しいジャッジが昔から数多くあった

 ワールドカップ(W杯)には世界最高峰の選手たちが集まるだけではない。世界トップクラスのレフェリーたちも集結する。しかしたとえば2014年ブラジルW杯の開幕戦、ブラジル対クロアチアで、西村雄一主審が下したPKの判定は、クロアチア側が「シミュレーション」と激昂し、ブラジル側が「妥当な判定」と称賛するという、どちらかが必ず抗議するだろうという難しい判定だった。

【PR】ABEMA de DAZN、2/6開幕『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』全試合生配信!毎節厳選6試合は無料!

 実際、W杯ではどちらの判定を下しても、一方は救われ、もう一方は奈落へ突き落とされるという難しいジャッジが昔から数多くあった。

 1966年イングランド大会、決勝のイングランド対西ドイツが筆頭の例だろう。延長前半11分、ジェフ・ハーストのシュートがクロスバーを叩き、真下に跳ね返る。スイス人のゴットフリート・ディーンスト主審は、トフィク・バフラモフ副審との協議の末、ゴールを認定した。現代の映像解析技術でも、ボールが完全にラインを越えたかは証明されていない。この判定は開催国に初優勝をもたらし、敗者に「永遠の疑義」を残した。

 1978年アルゼンチン大会、1次リーグのブラジル対スウェーデン。1-1の同点で迎えた後半終了間際。ブラジルのネリーニョがCKをセットする。すると副審は位置がおかしいとボールを動かした。だがネリーニョは納得せず、元と同じような場所にセットしてキック。そのボールからジーコがヘディングでネットを揺らした。ところがウェールズ人のクライヴ・トーマス主審は、ボールが空中にある間にタイムアップの笛を吹き、ゴールは無効と判定。ブラジル監督コウチーニョは「彼は審判ではなく時計係だ」と批判した。

 1986年メキシコ大会、準々決勝のアルゼンチン対イングランドは伝説に残るゴールになってしまった。後半6分、ボール前にふわりと上がったボールをディエゴ・マラドーナがGKピーター・シルトンに競り勝ちゴールに押し込んだ。だが、写真ではマラドーナが左手でボールを触っていたのがハッキリ写っていた。チュニジア人のアリ・ベン・ナセル主審はハンドを見落とし、ゴールを宣告。試合後、マラドーナは「少しはマラドーナの頭、少しは神の手」と語った。1982年のフォークランド紛争(アルゼンチンではマルビナス紛争)の影響が残るなかでの試合でもあった。

 2006年ドイツ大会、1次リーグのクロアチア対オーストラリアは信じられないようなルールの適用ミスが起きた。イングランド人のグラハム・ポール主審は、クロアチアのシムニッチに対し、2度目の警告を与えながら退場を命じ忘れる。試合終了間際、3度目の警告でようやくレッドカードを提示。世界最高のレフェリーと評されたポールらしからぬ事態に、この大会から導入されたインカムは万能ではないことが明らかになった。

 2010年南アフリカ大会、ラウンド16のイングランド対ドイツはその後のサッカー界に大きな影響をもたらした。前半38分、イングランドはフランク・ランパードのシュートがクロスバーに当たって跳ね返る。映像ではボールがゴールラインの内側へ飛んだのが明らかだったが、ウルグアイ人のホルヘ・ラリオンダ主審はノーゴールの判定。これが人の目だけでのジャッジは難しいという裏付けの一つとなり、翌年のゴールライン・テクノロジー導入、そして後のVAR採用への決定打となった。

 もちろん、こういう記憶に残りやすい判定だけではない。実際はさすが世界の名レフェリーという判定のほうが多いのだ。西村主審にしても2010年準々決勝のオランダ対ブラジルでは、ブラジルのフェリペ・メロを退場させるという厳しい局面があったにも拘わらず、試合を混乱させないままタイムアップまで導いた。

 では世界にはどんな名レフェリーがいて難しい試合を裁いてきたのか。伝説的な名主審たちを紹介しておこう。

○アブラハム・クライン(イスラエル)
「審判のなかの審判」と呼ばれ、3度のワールドカップで笛を吹いた。1970年メキシコ大会グループリーグ、ブラジル対イングランドは、前大会王者とペレ率いる伝説のチームとの対戦で、この試合の公正なジャッジは、今も語り草となっている。1968年メキシコ五輪の3位決定戦、メキシコ対日本でも笛を吹いた。

○ジャック・テイラー(イングランド)
 1974年西ドイツ大会の決勝、西ドイツ対オランダで開始2分、オランダのヨハン・クライフがペナルティエリア内で転倒。テイラー主審は迷うことなく開催国西ドイツに対しPKを宣告し、その勇気は世界の審判の指針となった。なお、ハーフタイムには不満を漏らしたクライフにイエローカードを提示している。

○ミシェル・ヴォートロ(フランス)
 1990年イタリア大会の開幕戦、アルゼンチン対カメルーンで前回王者がアフリカ勢に負けるという衝撃的な展開を裁いた。またナポリで開催された準決勝のイタリア対アルゼンチンという、開催国対ナポリの王様マラドーナという試合も担当。1980年代を代表する名レフェリーとして名高い。

○サンドール・ピュール(ハンガリー)
 1994年アメリカ大会の決勝、ブラジル対イタリアを担当し、PK戦までの長丁場を混乱なく収めた。1998年フランス大会時もまだ世界最高峰のレフェリーと言われていたが、1997年のチャンピオンズリーグでの反則見逃しが問題となって、不思議な落選となってしまった。

○ピエルルイジ・コリーナ(イタリア)
 スキンヘッドに鋭い眼光とカリスマ性で日本でも人気が出たレフェリー。2002年日韓大会決勝のドイツ対ブラジルを担当している。日本とも縁が深く、1996年アトランタ五輪のナイジェリア戦、2002年ワールドカップではラウンド16のトルコ戦を担当した。どちらも日本が負けた。

○ハワード・ウェブ(イングランド)
 元警察官という経歴が示すとおりタフな肉体と精神力で、激化する現代サッカーをコントロールした。2010年大会南アフリカ大会の決勝、オランダ対スペインを担当し、2014年には引退したが、イングランドのプロ審判協会のテクニカルダイレクターとして後進の指導を行っている。

○シモン・マルチニアク(ポーランド)
 2022年決勝、アルゼンチン対フランスという3-3でPK戦まで持ち込まれた歴史的死闘を完璧に制御した。2022-23シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、マンチェスター・シティ対インテルでも笛を吹いており、ハワード・ウェブ以来となるチャンピオンズリーグとワールドカップの両決勝を裁いた史上2人目の人物となった。

 難しい判定ばかりが注目されるレフェリーだが、こうして並べてみるとワールドカップでの素晴らしいジャッジがいくつも思い出されるはずだ。ここまで読めば今年はもっとジャッジのよさに目がいくに違いない。そしてすべてのレフェリーが日本を勝たせてくれることを祈ろう。

(森雅史 / Masafumi Mori)



page 1/1

森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

今、あなたにオススメ

トレンド