英代表に「なめられていた。食ってやろう」 カズ×井原が回顧…盗まれたユニフォーム

イングランド代表戦を振り返ったカズと井原氏【写真:徳原隆元】
イングランド代表戦を振り返ったカズと井原氏【写真:徳原隆元】

聖地ウェンブリーのピッチは初対戦だった1995年6月のアンブロカップ以来

 日本代表が3月31日(日本時間4月1日)、ロンドン郊外のウェンブリースタジアムでイングランド代表と対戦する。サッカーの「母国」との対戦は4回目だが「聖地」ウェンブリーのピッチは初対戦だった1995年6月のアンブロカップ以来。試合は1-2で敗れたが、ワールドカップ(W杯)出場経験もない日本にとっては特別な試合だった。選手たちは何を思い、どう戦ったのか。歴史的な同点ゴールを決めた井原正巳氏、そしてゴールをアシストした三浦知良(カズ)に聞いた。(取材・文=荻島弘一)

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 試合前まで降っていた雨はあがったが、どんよりした雲はロンドンらしかった。1995年6月3日、ウェンブリーのピッチに青いユニフォームの日本代表が立った。まだ日本サッカーが国際的に何の評価も受けていない時代、聖地で母国と試合をすることが異例だった。

井原氏「試合が決まったときはビックリしました。アウェー、しかもヨーロッパでAマッチなんて、それまでありえなかった。キリンカップなどで対戦できるのも、アジアの代表か少しマイナーなヨーロッパの代表。遠征に行っても町クラブとかしか試合できなかった。それが、W杯優勝経験国と聖地で対戦。楽しみでしたね」

 井原氏が日本代表入りした1988年当時、強化試合の相手は欧州や南米のクラブが中心。遠征で対戦するのも地元の町クラブだった。今のように対戦相手が代表限定になったのは1994年から。1993年にFIFAランキングがスタートしたことも大きかった(ランキングの対象となるのは国際Aマッチのみ)。

井原氏「イングランド代表のことも知らなかったですね。もちろん(FW)シアラーとか(MF)ガスコインとか名前を知っている選手は何人かいましたけど、実際に対戦したこともないし、レベルがどうなのかも分からなかった。まあ、当たって砕けろではないけれど、楽しみな反面不安もありましたね」

 会場は聖地ウェンブリー。どのクラブの「ホーム」でもなく、イングランド代表戦やFAカップ決勝などでしか使用されない特別なスタジアム。ここで日本代表が試合を行うことだけでも、日本のファンは歓喜した。

カズ「66年イングランドW杯の決勝会場だし、西ドイツのハーストの幻のゴールもあった。サッカー選手にとって特別な場所だし、そんなスタジアムで試合ができることはうれしかったですね」

井原氏「聖地ということは理解していましたし、やっぱり特別な雰囲気はありましたね。声援が沸くところがJリーグとは違う。日本のいいプレーに沸く、DFのプレーにも拍手が起きる。まあ、日本人もサッカーをやるのかという感じだったのかもしれませんが」

 試合前日の会見でイングランドのテリー・ベナブルズ監督は「日本は未知だ」と言った。情報がないというよりも、必要ないという感じだった。この大会は翌年に地元開催を控えたユーロのプレ大会。聖地での初戦で完勝することしか頭になかっただろう。観客も8万人収容で2万1142人、本場のファンは日本に興味なかった。

井原氏「なめられていたと思いますね。92年にアジアカップで優勝して、この年の1月にはサウジアラビアでのインターコンチネンタル選手権(後のコンフェデレーションカップ)に出場して惨敗していますし。ただ、この年に就任した加茂監督はゾーンプレスで『やられてもいいから、積極的にいこう』という考えでした」

 前半、相手に攻め込まれながらも一方的にやられるのではなく2トップのカズと中山を中心に見せ場も作った。後半立ち上がりにMFダレン・アンダートンにシュートを決められて先制を許したが、そのままズルズルと防戦一方になることはなかった。そして後半17分、カズの左CKにニアで井原が合わせて劇的なゴールが決まる。

井原氏「ニアに入ることは決まっていたけれど、まさか入るとは思っていませんでした。カズさんからのボールがよかった。そんなにすごいゴールではないと思いますけど『日本がサッカーやるのか』と思っているイングランドファンに日本をアピールできたのは良かったと思っています」

カズ「ニアに思い切り蹴れば、チャンスはあると思っていた。イメージ通りのゴールでした。なめられていたんで、食ってやろうと思っていましたね。少なくとも、僕はそう思っていた」

 同点ゴールでスタジアムの雰囲気は変わる。同点後にはカズの左足シュートが右ポストを直撃。「大勝」を見にきたはずのイングランドサポーターは沈黙し、「聖地」に乗り込んだ日本人サポーターのボルテージは上がった。

 しかし、終了間際に「悲劇」が起きる。イングランドのシュートをゴール前の柱谷が思わず手でブロック。柱谷は退場となり、プラットのPKで決勝点を許した。あと一歩届かなかった「大金星」。しかし、日本代表の歴史のなかで忘れられない一歩にはなった。

井原氏「テツさん(柱谷)のハンドは仕方なかった。完全にゴールに入っていましたから。ただ、あの試合で日本のサッカーを知らないヨーロッパの人たちに少しはインパクトを残せたのかなと。『日本のサッカーは決して弱くないぞ』と。

カズ「最後に点を取られて負けるのが日本の実力でしたね。いい試合はできたと思うけれど、勝ち切れなかった。日本代表の力がまだまだだったということでしょう」

 試合後、日本代表にも大きな拍手が送られるなか、カズはイングランドの人気者ガスコインと談笑し、ユニフォームを交換した。印象的なシーンだったが、後日談がある。

カズ「ガスコインは(同じセリエAの)ラツィオにいたから、知っていた。話していたら、ユニフォーム交換しようと言われて交換したんだけれど、ホテルに持ち帰ったら掃除係の人が持って行っちゃった。それほど、イングランドの英雄でしたからね」

 31年のときを経て行われる「聖地」でのイングランド代表戦。スタジアムは建て替えられ、まったく新しく生まれ変わったが「聖地」であることは変わらない。日本代表を率いるのは31年前に遠征に帯同していた森保一監督。この間、日本のサッカーは奇跡的ともいえる成長を遂げている。井原氏とカズは「楽しみですね」と声をそろえた。

(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)



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荻島弘一

おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。

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