鹿島スカウトに獲得打診も…柴崎岳入団で“見送り” 大島僚太との“16年に及ぶ因縁”

3月14日に開催された川崎と鹿島の一戦、入れ替わるようにピッチに立った
ついに今季初出場――。川崎フロンターレの大島僚太がスタメンとしてピッチに立ったのは、3月14日にメルカリスタジアムで開催された、明治安田J1百年構想リーグ第6節の鹿島アントラーズ戦だった。背番号10にとっては、昨年10月のYBCルヴァンカップ準決勝第1戦以来となるピッチだ。
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しかし半年間のブランクがあったとは思えない存在感は健在だった。意識していたと話す「コンパクトな陣形」を維持しながら、読みを利かせたディフェンスでチームを引き締める。ボールを保持したい川崎としてはストレスを抱える展開だったが、そこは「割り切っていた」と本人は明かす。
「先に失点したくなかったですし、その割り切りが大事かなっていうふうに思っていました。オニさん(鬼木監督)がフロンターレの監督のときでも、鹿島と試合するときは我慢の時間があったと思ってるので。どこのチームでやるときもそうですけど、自分たちがガス欠にならないように抑えるところ、しっかりしなきゃいけないかなと思っていました」
後半になると高い位置でボールを奪うようになり、崩しの形が見え始めた。だが鹿島の堅守の前に決定打が生まれず、スコアレスで後半21分に交代。するとゲームの構図が変わり始め、その後に失点。川崎は0-1で惜敗した。試合後、無得点に終わった攻撃の改善点を大島は口にした。
「前半の最後も、いいところを取りに行く意識やイメージの共有は出かけてたと思います。あとは、そこでの落ち着きというか、止まれるところがあると思って練習するしかないなと思います」
サラリと「止まれるところ」と触れていたが、大島のすごみは「止まる動き」ができることにある。崩しの局面といえば、「動いて崩す」という思考になりがちだが、大島は止まることで相手の守備を崩せることを知っているのだ。
そしてこの試合、川崎の10番と入れ替わるようにピッチに入ってきたのが鹿島の10番・柴崎岳である。後半29分の投入から5分後に生まれたレオ・セアラの決勝点は、鹿島の10番による美しい放物線が起点だ。
大島僚太と柴崎岳。
両者は同学年であり、それぞれのクラブで「背番号10」を託された象徴的な存在だ。そんな2人の間には、16年にも及ぶ深淵な因縁が横たわっている。話は2人がプロ入りする前、2010年にさかのぼる。
高校(静岡学園)卒業後の大島は、当初プロからの誘いはなく大学進学の予定だった。ただ静学の10番は夏以降に関係者の間で評価は急上昇。川崎の向島建スカウトも高円宮杯で大島のプレーを見て驚いたという。
しかし当時の川崎は翌年に5人の新人が内定しており、これ以上の新人を獲らない方針だった。あまりにも良い選手だったことで、向島は他のクラブのスカウトに静学の後輩である大島を推薦したほどだったという。鹿島のスカウトにも打診したと聞く。だが鹿島は青森山田の柴崎の入団が決まっていたため、話は進まなかったそうである。
結局、諦めきれなかった向島がフロントを説得。大島は練習参加を経て川崎の入団が秋に決まった。大学進学後はサッカーを辞めようと思っていた男の運命が変わった瞬間だった。
そして2011年、2人はプロに。川崎の大島は中村憲剛の背中を追い、鹿島の柴崎は小笠原満男の薫陶を受け、それぞれの色を纏いながら成長を遂げていった。その集大成と言えるのが、2017年元日の天皇杯決勝である。
風間八宏監督のラストゲームとなった一戦だ。両チームのダブルボランチは、川崎が中村と大島、鹿島は小笠原と柴崎だった。奇しくも、師弟コンビによる中盤だったのである。
試合は川崎が延長戦の末に1-2で敗れた。途中交代で入った鹿島のファブリシオが、セットプレーからのセカンドチャンスからの流れで得点し、この1点を守り切った鹿島が2-1で勝利。前年のチャンピオンシップ準決勝に続き、川崎はまたも鹿島という壁に弾き返されて涙を飲んだ。
そしてこの天皇杯決勝は、柴崎の海外移籍前のラストゲームでもあった。その後、柴崎はスペインに渡り成長。一方の大島も、鬼木フロンターレのタイトル獲得に貢献し、Jリーグを代表する選手となっていった。
両者の運命が再び交錯したのは、2018年のロシアW杯になる。
ともに本大会の日本代表メンバーに選出。本番直前までは大島が主力だった。しかし、大会直前のスイス戦で腰を打撲したことで立場が逆転。柴崎がスタメンとなり、大会通じて中盤でプレー。大島は本大会では一度もピッチに立つことなく、ベンチからその光景を見守ることとなった。
あのロシアの夏から、8年の歳月が流れようとしている。プロになって15年ほどが過ぎ、両者は円熟味を増した30代となった。両者の師であった中村も小笠原も、すでにスパイクを脱いでいる。
柴崎は2023年9月にスペインから帰ってきて、再び鹿島のユニフォームに袖を通している。大島はフロンターレのユニフォームを着続け、度重なる怪我に苦しみながらもこの日、ピッチに帰還した。
試合直後のスタジアムに流れるヒーローインタビューに応じていたのは、決めたレオ・セアラではなく、起点になった柴崎だった。
「非常に大きな勝利だと思います」
鹿島の背番号10は、いつものように淡々と話していたが、その静寂にすごみがある。決勝弾の演出も冷静だ。
「優磨にあげたら絶対に折り返して、誰かが決めてくれると思っていました」
一方の大島僚太。試合後に感想を求めると、その第一声でピッチに立った喜びを噛み締めていた。
「あぁ、やっぱりいい雰囲気だなと。そういうのは感じましたね、スタジアムに」
同時に、負けを受け止めながらも「勝ちに貪欲に」と執着を口にした。
「深く傷をえぐられた感覚はありますけど、それをしっかり反骨心を持って日々準備して、勝ちに貪欲になれるように準備していかなきゃいけないと思います」
4月、再び両チームは対戦を控えている。等々力のピッチでは、すれ違いではなく、両者が交錯する光景を観たいと願う。
(いしかわごう / Go Ishikawa)

いしかわごう
いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。




















