10年以上前に言われた「来てくれ」 J1新監督のルーツ…きっかけになった2年間「こんなに長くなるとは」

今季から水戸の監督を務める樹森大介監督のルーツに迫った
遠回りのようで、必然だったのかもしれない。育成に身を捧げ、トップの舞台で挫折も味わい、それでもサッカーから離れなかった男が、再び水戸の地に立つ。今季から指揮を執る樹森大介監督の根底にある”思い”に迫る。最終回は監督2年目を迎えた、樹森監督のルーツについて。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・上原拓真/全4回目の最終回)
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埼玉県出身の樹森監督は、前橋商業高校(群馬)から専修大学へ進学し、2000年に湘南ベルマーレでプロデビューを果たした。その後は水戸、ザスパ草津(現・ザスパ群馬)でプレー。草津を退団した後には群馬大学大学院を受験し、見事合格した。「自分は指導者に向いているとは思っていなかった」と振り返るが、生活のために、母校でもある前橋商業高校で指導者としてのキャリアをスタートさせた。
J2リーグでは通算147試合に出場し、7ゴールを記録。指導者を続けていくきっかけとなったのは、自身の指導を素直に吸収してくれた選手たちの存在だった。全国高校サッカー選手権の常連校でもある前橋商業の選手たちと向き合うなかで、「指導者って面白いな」という感情が芽生えたという。
「現役時代は攻撃の選手で、自由にサッカーをやりたいという思いが強かった。組織的な戦術にはあまり興味がないタイプの選手だったので。それでも、教えていくなかで生徒たちが目を輝かせ、どんどんうまくなっていく姿を見た時に、『指導者って面白いな』という感情が芽生えた。それが一番のきっかけです」
その後、前橋商業高校で2年間指導したのち、地元・埼玉県のクラブチームでコーチを務めた。そのなかで、水戸で共にプレーし、同級生でもある森直樹氏(水戸フットボールダイレクター)から誘いを受け、2012年から水戸ユースの監督に就任。長い年月をかけ、「育成の水戸」と呼ばれる礎を築いてきた。
「毎年、声をかけてもらっていたと思うんですよね。ちょうどキリのいいタイミングがあって、その年も話をいただいたので、勉強のために少し行ってみようかなと。Jユースの監督という話だったので、チャレンジしてみようと思いました。それがこんなに長くなるとは思わなかったですけどね(笑)。森さんに『水戸に来てくれ、来てくれ』と10年以上前に言われたことは、今でも覚えています」
21年にはJFA公認S級コーチ(現・JFA Proライセンス)を取得。23年に水戸のトップチームコーチに就任すると、25年にはアルビレックス新潟の監督に抜擢され、指揮官としてのキャリアをスタートさせた。新潟では約半年間で退任となったが、その後は栃木SCのコーチを経て、今季から水戸に監督として戻ってきた。
樹森監督の根底にあるのは、「やっぱり楽しいから」という思い。サッカーを通じて仲間と出会い、同じ目標に向かって過ごす日々は、人生においてかけがえのない時間だと語る。
「部活動の延長線上にあるのかもしれませんけど、そこが一番の原点かなと思います。僕自身、子どもの頃から何をするにもサッカーが中心にあったし、中学、高校という思春期をサッカーとともに過ごしてきた。サッカーは人生に欠かせない存在でした。今ここにいる選手たちの原点にも、『サッカーを楽しむ』という気持ちがあると思うので、J1の舞台でもその楽しさを表現したいですね」
今後の展望については、「本当にわからないですよ」と笑ったが、慣れ親しんだ水戸の地で、クラブをJ1に定着させるべく、まずは半年間の特別大会に挑んでいる。
「これまでのサッカー人生で、未来設計やキャリアプランが自分の思い通りにいったことはなくて。新潟の監督に就任した時もそうですし、今回もそう。自分の描いたタイミングでいい話が来るわけでもないんですよね。その時その時の毎日を一生懸命やることで、次のステップが決まっていくんだと思っています。まずは水戸ホーリーホックというクラブを、しがみついてでもいいからJ1に残留させたい。その思いで1年半、やり抜きたい。それだけです」
振り返れば、チャレンジの連続だったサッカー人生。樹森監督は慣れ親しんだ水戸の地で、また一つ、大きな挑戦の真っただ中にいる。
(FOOTBALL ZONE編集部・上原拓真 / Takuma Uehara)

















