高校で挫折→送った履歴書「自転車整備士に」 不採用で決意…25歳が立った“スタートライン”

高知GK猪瀬康介「ようやくスタートラインに立てた」
J2・J3特別大会地域リーグラウンドWEST-A第5節アルビレックス新潟vs高知ユナイテッドSCの一戦、高知GK猪瀬康介は特別な思いを持ってピッチに立っていた。
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「高知に入ると決まったときに、新潟と同じグループだと知って、『バウマンと戦えるかもしれない』とずっと楽しみにしていました。実際に対面に立ってみても、不思議な感覚でしたし、凄く燃えました」
25歳の猪瀬は今季SC相模原から高知へやってきたプロ8年目のGK。スイス人守護神バウマンも今季相模原から新潟へ完全移籍で加入した来日2年目のGKだ。2人は昨年チームメイトとしてポジション争いを演じる間柄だった。
「バウマンとは本当に気が合って、向こうが4歳上なのですが、友達というか。ずっとコミュニケーションを取って、英語も教えてもらっていたんです。プレー面でもサイズがあって、パワーと技術を持っていて、スイス、イタリア、ギリシャで豊富な経験を積んでいて、学ぶことが本当に多かった。同時に絶対に負けたくないと思えるライバルでもあったんです」
バウマンの牙城は堅く、猪瀬はリーグ戦1試合出場に留まった。これまでFC琉球での2021年シーズンにリーグ13試合に出場した以外は、思うように出番をつかめない日々が続いていた。だが、昨年はこれまでの6年間と全く違ったものだったという。
「もともと僕はギリギリでプロになった選手。なので、1年目から自分はいつも『ギリギリの存在』だと思っていた。毎日目の前の練習に臨むことに精一杯で、プロサッカー選手であり続けることに必死になっていました」
猪瀬は流通経済大柏高でも3年間、正GKにはなれなかった。3年次に正守護神の座についた選手は2学年下の松原颯汰(サガン鳥栖)で、猪瀬はセカンドGKから序列を上げられないでいた。この現状を受けて、「サッカーは高校まで」と思うようになっていた。
「大学で続ける気持ちはなかったので、就職するしかないと。その中で昔から自転車に興味があったので、自転車整備士になろうと自転車関係の会社を調べて履歴書を送りました」
だが、面接の結果は不採用だった。その現実を受けて猪瀬は「自分がここでサッカーをやっている意義とは何か?」と自問自答するようになった。
「僕はもしかしたらサッカーをこの先も続けたいのに、『サッカーで上に行くのは無理だ』と勝手に絶望をして、諦めて就職しようと逃げてしまっていたんじゃないかと思うようになったんです。それがなんか悔しくて、『このまま逃げたら一生後悔する』と思った。サッカーを続けて、言い訳をせずに松原からスタメンを奪うつもりで最後までやり切ろうという覚悟が決まりました」
結果としてはレギュラーを奪えなかったが、覚悟を決めた守護神は成長し、琉球からオファーが届いた。絶望から一転し、プロサッカー選手になれた。そこからプロサッカー選手であり続けるために、必死に前へ進んでいたが、プロでの年月を重ねていくにつれて、現状維持を脱却できない自分に危機感を覚えるようになったという。
「いつまでもプロとして生き延びることを目標にしていたら、そのまま何も爪痕を残せないまま終わる。一昨年に秋田で1試合も出られずに、昨年相模原に戻ってきたタイミングでそう思った。危機感が芽生えて、『何がなんでも第1GKになりたい』と渇望するようになったんです」
バウマンは「自分を成長させてくれた重要な存在」
奮起した1年間で壁になり続けたライバルがバウマンだった。猪瀬にとってバウマンはレギュラーを奪えなかった相手だけではなく、自分を成長させてくれた重要な存在だった。
「常に練習で『バウマンより多く止めてやる、絶対にいいプレーをしてやる』と思っていました。彼を越えようとこれまで以上に創意工夫、試行錯誤をしてやってきた1年でした。結果は超えられませんでしたが、彼のおかげで僕は自分の殻を破ることが出来たんです」
相模原から契約延長の打診はあったが、猪瀬は新しい環境でのチャレンジを選び、不退転の覚悟を持って高知へ渡った。J2・J3特別大会地域リーグラウンドWEST-Aでは開幕スタメンを掴むと、ここまで5試合全てでフル出場。首位争いをするチームの絶対的な守護神となった。
ライバルと激突した新潟戦では2失点を喫したが、2-2で迎えた後半49分にFWマテウス・モラエスの決定的なヘッドをビッグセーブ。PK戦では新潟の1人目MF小野裕二と5人目モラエスのキックを完全に読み切ってセーブして勝ち点2を引き寄せた。
「試合前にバウマンに『本当に会えて嬉しいよ。また試合が終わったら話そう』と言われて、PK戦でも僕が止めたあと、すれ違うときに『アメージング』と声をかけてくれた。相模原でも僕がいいプレーをすると、いつも『アメージング』と褒めてくれたので、懐かしい気持ちになりました。本当に凄い人だと尊敬の念を抱きました。何より、こうして正GKとして戦えていること自体が幸せだと思いました」
猪瀬にとってこの試合は忘れられない大事な一戦になった。そして、より向上心と貪欲さを持ってこれからも取り組んでいくことを誓った試合にもなった。
「プロとしてのチャンスを与えてくれて、土台を作ってくれた琉球。相模原で技術を高められて、秋田でプロとしての在り方を教えてもらって、相模原に戻ったらバウマンに出会うことが出来た。この7年間、すべてに意味があったからこそ、これからも全力で、全身全霊を尽くして取り組んでいきたい。まだ僕はプロサッカー選手として何も成し遂げてはいない。ようやくスタートラインに立てたと思っているからこそ、もっと信頼されて、チームに安心感をもたらせられるGKになっていきたいです」
高知の守護神として、プロサッカー選手として真価が問われるのはまさにこれから。猪瀬は感慨に浸ることなく全力で走り続ける。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。





















