灼熱の過酷トレ「マジで死にそうに」 36歳が明かす…鬼軍曹の恐怖「一からやり直し」

トレーニングに臨んだ札幌・宮澤裕樹【写真:FOOTBALL ZONE】
トレーニングに臨んだ札幌・宮澤裕樹【写真:FOOTBALL ZONE】

札幌の宮澤裕樹「献身的にプレーする、というのが僕の10番像だと思っています」

 北海道コンサドーレ札幌は3月5日、三次キャンプ地の千葉・JFA夢フィールドでトレーニングを行った。直近の2試合でベンチから外れていたMF宮澤裕樹も、7日の松本山雅FC戦に向けて全体練習で調整。恩師との対戦を控え、「マジで死にそうになったな、というのは覚えています」と、思い出を振り返った。

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 2月14日のRB大宮アルディージャ戦にトップ下で出場。その後、別メニューでの調整が続いたが、「慢性的な元々持っているアキレス腱の炎症が、ピッチとの兼ね合いも含めて出てしまったので、ちょっと休ませてもらいました。そんなに長く休んだわけではないので、すぐに戻るかなと思います」と明かした。

 攻撃的なポジションは、「長年やっていなかったので、今の自分がどのくらいの体の状態というか、全然違う動きがありますから。そういうのを確認しながらですけど、楽しみながらやれています」と宮澤。「でも、求められることは前に行けば行くほど得点。そういう頭の切り替えも必要ですよね」と語った。

「好きですし、そういう景色は思い出しますけど。その分、責任感があるポジション。一つ一つのシュートだったり、展開によってチャンスが一つしかないこともあります。そういうのも含めて、責任感を持たないといけない。色々なポジションをこなしながら、しっかりチームに貢献できればと思いますけど」

 室蘭大谷高校(現北海道大谷室蘭高等学校)時代には“北海の爆撃機”の異名を取ったが、「別にお気に入りというわけではないですよ。雑誌かなんかで書かれたのがそのままなったので」と苦笑い。それでも、「ヘディングは強かったですしね。そういう意味では、別に嫌いではないですけどね」と明かした。

 トップ下で出場したことでこのニックネームも再び話題になり、「懐かしい感じはしますけど。プロのサッカー人生でもヘディングの得点が多いですから」。今季はDF福森晃斗のセットプレーもあり、「ヘディングの感覚は常に持っていますし、そういうの出せたらいいかなと思いますけど」と意欲を見せる。

 そんな宮澤は2010年から背番号10を付け、今シーズンで17年目。創設30周年を迎えるクラブの半分以上の年数となる。「長く責任を持って付けさせてもらっていますし、色々な10番像がサッカー界にはあると思います。沸かせられる選手とか、得点をたくさん取る選手とか、そういうイメージですよね」と話す。

「自分はそういう役割ではなくて、このチームにずっと居続け、献身的にプレーする、というのが僕の10番像だと思っています。それは日々の積み重ねでしか積み上げられないものですし、イメージはつかない。そこは自分のサッカー人生で一番大切にしていることなので、長くつけられればいいですけど」

 後継者候補については、「いっぱいいますよ。けっこう簡単に言ってきますよ。『付けたいっす』みたいな」と宮澤。FC町田ゼルビアに移籍したDF岡村大八やDF西野奨太らも含まれるようで、「僕が10番を付けてセンターバックをやったことによって、後ろの選手が付けたいと言うのは面白いですよね」と笑う。

 その一方、「まずはピッチで貢献できるだけやりたいなと思っていますし、貢献できなくなったときが、やっぱり自分のあれですけど」とまだまだ引退を口にしない。「今はそれは考えず、まずは目の前の結果を出すこと。チームのためにできることをやっていきたいなと思いますけどね」とチームを牽引する。

「大きい目標は、またJ1に戻ること。一試合一試合、勝ってサポーターの皆さんを喜ばせるのが、一番近い目標。それの積み重ねでしか大きい目標は達成できないので。そこはなかなか今結果が出せていないですが、何とかチームとして、チームを作りながらしっかり結果を出せるようにやりたいなと思います」

 次戦の相手は、「恩師」と言う石﨑信弘監督が率いる松本だ。「僕が2年目からいらっしゃいましたし、自分の才能を見出してくれた方だと思います。コンバートしてくれたのも、石﨑さんだったので。トップ下、ボランチ、後ろもちょろっとやらせてもらえました」と、その後の飛躍のきっかけを与えられた。

「まずは元気にプレーしている姿を見せたいと思います。試合ですから、まずはチームのことを考えて勝つことだと思いますし。札幌に遊びにきたときにちょろっと挨拶させてもらったので、お久しぶりという感じではないんですけど。広報に息子さんもいて話も聞きますからね。なので意外と情報は聞きました」

 石﨑監督との思い出を聞くと、「でも、トレーニングがきつかったイメージが強いです」と宮澤。なかでも、「フィジテク」という名物トレーニングではボールを扱いながらフィジカルを鍛え、「落としたら、また一からやり直しみたいな。きついんですけどそれをずっとやっていました」と当時を振り返った。

 当時はグアムで一次キャンプを行っていたこともあり、「暑いなかそれをやって、マジで死にそうになったな、というのは覚えています。でも、そのときやってきたことは今のベースになっているのかなと思います」。36歳という年齢を迎えても第一線で活躍できるのは、過酷な経験を乗り越えたからだろうか。

(FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大 / Keita Kudo)



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