不合格→一般入学も「最後は結局、俺が出る」 裏選手権で6ゴール…量産した背番号13

武南FW岩澤柾吾【写真:安藤隆人】
武南FW岩澤柾吾【写真:安藤隆人】

武南の岩澤柾吾「『最後は結局、俺が出ることになるからね』という気持ち」

 高円宮杯プレミアリーグは鹿島アントラーズユースの優勝で、第104回全国高校サッカー選手権大会は神村学園の初優勝で幕を閉じた。2025年シーズンを終え、各クラブユース、高体連のチームは新チームをスタートさせ、新たな戦いに向けて準備を進めている。4月のリーグ本格開幕を前に虎視眈々と上を目指すチーム、選手にスポットを当てていきたい。

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 今回は2月15日に武南高の優勝で幕を閉じた埼玉県高校サッカー新人戦を取材。高校サッカーファンの間ではお馴染みの白と薄紫の「武南カラー」のユニフォームを身にまとったイレブンが、新人戦で埼玉県の頂点に立った。チームを牽引する“13番のエースストライカー”であるFW岩澤柾吾にフォーカスを当てる。

 白地に赤色で刻まれた背番号13。武南カラーの13番が最前線で点取り屋として立つ様は、かつての選手権スターであり、大エースだった江原淳史氏を彷彿させる。

「13番は昔の武南のエースナンバーなので、もらえたときはちょっと嬉しかったです」

 岩澤が生まれた年は2008年9月20日であり、江原氏が全国高校選手権で得点王を獲得した年は1992年度のこと。当然、岩澤は生まれていない。

「お父さんが武南のOBで、江原さんのことは教えてもらっていました。たぶんお父さんと世代がほぼ一緒だと思うのですが、お父さんはあまり自分のことを話さない人なので、細かいところまでは知りません。でも、昨年末の波崎ユースカップで13番をもらったときに、『9番じゃないんか』と最初は言っていましたが、『武南だったら13番はいい番号だよ』と言われました。お父さん以外からも江原さんの名前をよく聞くので、自分の力でこの番号を再びエースナンバーにしていきたいと思っています」

 現在の武南のエースナンバーはかつてMF紺野和也(川崎フロンターレ)らが背負った10番だが、13番を自分の色で染めて、「エースナンバーが戻ってきたと周りに思わせたい」と自身の飛躍への大きなモチベーションにしている。

 その言葉通り、新チームにおいて背番号13は重要なポイントゲッターになっている。1月に静岡で行われたNEW BALANCE CUP。この大会は毎年選手権の期間に行われ、参加チームは全国各地の選手権都道府県予選の準優勝校など選手権に出場できなかった強豪校が多く集まることから、“裏選手権”という愛称で知られている。

 毎年この大会で活躍したチームが翌年の選手権で活躍するケースが多く、選手権準優勝の鹿島学園も前年に開催されたこの大会で優勝している。

 武南は今年の裏選手権で見事に優勝を手にした。この大会で6ゴールを叩き出したのが、岩澤だった。グループリーグで3戦連発すると、準決勝の帝京戦ではMF鞭馬小太朗の折り返しを鋭い反転から左足シュートを叩き込んで決勝弾。藤枝東との決勝でも2ゴールを挙げて、優勝の立役者となった。

 そして迎えた新人戦でも準々決勝の浦和東戦でハットトリックを達成。関東記念大会の出場権がかかった西武台との準決勝では鮮やかに2ゴールを叩き込んだ。

 この試合でゴールを量産する背番号13に、西武台がMF井上幸大をマンマークに当ててきた。立ち上がりは井上の密着マークに苦戦したが、「自分が仕掛けるより、ポストプレーで周りに落としたり、おとりの動きをして味方を空けたりする方がいいと思った」と、得意の裏への抜け出しや反転ターンよりも、シンプルに周りを活用するプレーを選択。前半の鞭馬のドリブルシュートは背番号13の起点から生まれた。

 後半は相手のCBが退場したことでマンマークが外れると、そこから前半に抑えていたプレーを一気に爆発させた。後半9分に右サイドで鞭馬がワンツーで抜け出すと、「いつもGKとDFの間のスペースは狙っていて、鞭馬とはよく連係の話をしていたので、そのスペースにクロスが来ると思った」とニアのスペースに走り込むと、鞭馬からグラウンダーのクロスが届いた。ボールスピードが速かったが、背番号13はスライディングから左足爪先でコースを変えて、ゴール左隅に流し込んだ。

 この直後にも右サイドでスルーパスに抜け出した鞭馬のタイミングに合わせてゴール前に走り込み、折り返しをループでゴール左隅に沈めた。

「NEW BALANCE CUPの後に練習試合でもゴールを奪えない時期があって、そこでもう一度自分のプレーを見直しました。オンのところではなく、オフのところで何回も動き直さないとチャンスは来ないと感じたのが大きな転機でした。どうしてもボールが来ないとイライラしてしまうのですが、それではチャンスは回ってこない。いざチャンスが来ても冷静ではないから決められない。少ないチャンスでも決められるようになりたい。少しでも自分がチャンス自体を作り出せるように何回もトライすることを大事にしています」

 実は岩澤は一般受験で武南に入学している。中学時代は埼玉県のHANフットボールクラブでプレーしていたときに、武南のドリブルとパスを融合させたサッカーに憧れてセレクションを受けたが、プレーの連続性を指摘されて不合格。

 公立高校進学も考えたが、もう一度チャレンジしたいと思い受験をして武南に入学し、一般生としてサッカー部に入部した。

「サッカー部に入ったときはかなりうまい選手ばかりだったので、『これはきついな』と思っていましたが、心のどこかに『最後は結局、俺が出ることになるからね』という気持ちはずっと持ち続けていました」

 1年のときは1年生チームのAとBを行き来し、昨年はBチームで出番を掴むと、選手権予選前にトップチームでも出番を掴むようになった。しかし、昌平との選手権予選決勝はベンチのまま出番は来なかった。

「悔しかったですが、その分、『来年は俺がやる』と思っていました」

 一般生から這い上がってきた努力が結実しようとしている最終学年の始まり。だが、まだ本番はこれから。4月に開幕するS1リーグ、インターハイ、選手権でエースとして君臨し続けることが背番号13の責務となる。

「今年の選手権で神村学園のFW日髙元(J2・RB大宮アルディージャ)選手が13番を背負ってバンバン点を決めて、得点王(7ゴール)に輝いた姿を見て、『13番で点取り屋ってかっこいいな』と思ったことも、僕が13番がエースだと自覚を持ったきっかけでした。特に武南では『13番=点取り屋』のイメージが薄まってきていると思うので、『また武南の13番がゴールを決めた』と思わせるように1年間やり続けたいです」

 伝統は色褪せさせてはいけない。強烈な印象も色褪せさせてはいけない。武南の背番号13は結果で見せていく。

(安藤隆人 / Takahito Ando)

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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

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