異国の砂浜で号泣した3時間「選手として終わりかけ」 睡眠障害も…“遅咲き”元代表FWの逆転劇

2000年にブレイクした鈴木隆行氏。鹿島の3冠達成に大きく貢献した【写真:アフロ】
2000年にブレイクした鈴木隆行氏。鹿島の3冠達成に大きく貢献した【写真:アフロ】

連載「青の魂、次代に繋ぐバトン」:鈴木隆行(UNBRANDED WOLVES SOCCER SCHOOL代表)第2回

 日本サッカーは1990年代にJリーグ創設、ワールドカップ(W杯)初出場と歴史的な転換点を迎え、飛躍的な進化の道を歩んできた。その戦いのなかでは数多くの日の丸戦士が躍動。一時代を築いた彼らは今、各地で若き才能へ“青のバトン”を繋いでいる。指導者として、育成年代に携わる一員として、歴代の日本代表選手たちが次代へ託すそれぞれの想いとは――。

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 FOOTBALL ZONEのインタビュー連載「青の魂、次代に繋ぐバトン」。鹿島アントラーズでプロの厳しさを知り、高いレベルに食らいついていた鈴木隆行は、3年目のシーズンにブラジルへの期限付き移籍を経験する。過酷な環境を経て復帰したJリーグで、ついにその才が開花する時期を迎えていた。

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 いくら追い込まれようとも歩を進めていくのが鈴木隆行だとしても、ギリギリの精神状態が続いていた。

 1997年3月、出資者のジーコが会長を務めるリオデジャネイロ州3部のCFZへ鹿島アントラーズから期限付き移籍。プロ3年目、21歳となった彼はサッカーのことばかり考えていたことで慢性的な睡眠障害を抱えており、ブラジルに渡ると解消されるどころかむしろひどくなっていた。

「プロになってからも気分が晴れたことなんて一度もない。ブラジルに行ってからも一緒です。朝のリオはメチャメチャ渋滞するので、練習場まで車で2時間かかるんです。そうなると5時に家を出なきゃいけなくて、そもそもあまり寝ていないから寝不足状態。寝るのが怖くなっていて、体調もどんどん悪くなっていって。練習場についても、ブラジルの選手って平気で1時間くらい遅刻してくるし、全体の練習時間が遅れるっていうストレスも積み重なっていましたね」

 チームの主力として認められていくが、鈴木とともにCFZに移籍してきた同期で2つ年上の阿部敏之が8月で鹿島に復帰したことで一人になる。かつ2部と3部の入れ替え戦の日程が決まらないという異常事態にずっと張り詰めてきた心も限界に近づいていた。

「1か月近くも決まらなくて。次第にやる気も失せてしまうようになって、そんな状態で練習したって、うまくならないですよ」

 眠れない日々も続く。このままじゃアントラーズに戻ったところで活躍することなんてできない。自分は一体、どうすれば――。

ブラジルでの苦しい日々が、サッカー選手としての土台になったという【写真:近藤俊哉】
ブラジルでの苦しい日々が、サッカー選手としての土台になったという【写真:近藤俊哉】

ブラジルで手に入れたのは「心の強さ、人間的な強さ」

 自問自答の反芻によって、「砂浜を6km走る」を決めごとにする。雨だろうが、夜遅くなろうが、体調が今ひとつであろうが自宅近くの「何もない」ビーチを毎日走った。

「コーチが練習を手伝ってくれるわけじゃないから、一人でできることなんて限られる。走りなら単純に自分を追い込めるなって」

 それでも日程が決まらない以上、“どうして今、自分は砂浜を走っているんだ、何の意味があるんだ”とも感じる。ついに3kmの折り返し地点で足が動かなくなって座り込んだことがあった。涙がとめどなく溢れたという。気がつけば3時間も4時間も一人でそこにいた。しかし、涙とともに負の感情がすべて流れ出ていた。

 感情のチャンネルが変わった気がした。自分の決めごとをしっかりやり切ることの意義をあらためて胸に刻み、次の日からはいかばかりか足取りも軽くなった。

 4チームによるリーグ戦形式の入れ替え戦となり、鈴木は自ら得たPKを決めて2部昇格を決める活躍を見せる。試合後すぐに日本への帰国便に乗り込んだことからも、身も心も限界だったことがうかがわれる。ただ鹿島に復帰してからジェフユナイテッド市原に期限付き移籍した後、もう一度CFZに呼ばれることにもなる。

「ブラジルで備わったものがあったとしたら、心の強さ、人間的な強さですよね。技術的なところはほぼ上がってない。だって練習環境、レベルならアントラーズのほうが上だし、そっちで練習していたほうがうまくなる。ただストレスが溜まるキツい環境のなかで生活して、練習して、遠征もあって、リーグ戦を戦い抜くことができた。この“戦い抜いた”という経験が必要だったなって後々、分かっていきます。結局、次にやってくる試練を乗り越えていく自分の根本になっていくので。ただ、当時は『いい経験になったな』とかそんなこと思う余裕すらないですよ。むしろブラジルでやってきたことが実になるのか、疑いを持ちながらやっているだけですから。最後までずっと苦しかったのは間違いないです」

 日本に戻っても、活躍するまでには至らない。ブラジルでの経験が一筋の光明だと感じることもない。アントラーズでは出場機会も限られ、プロ6年目の2000年シーズンはレンタル移籍で鬼木達、マジーニョら鹿島勢と一緒に、J1に初昇格した川崎フロンターレのユニフォームに袖を通す。だが、ここでも結果が出なかった。

 リーグ戦11試合に出場してノーゴール。BチームどころかCチームに追いやられ、事実上の戦力外的な扱いとなってその年の夏、アントラーズに復帰する。

 必死にやってきても、まだ光が差さない――。それでも絶望には慣れている。淡々とやるしかなかった。

クラブ三冠に貢献する7ゴール

 人生、どこでチャンスがやって来るか分からない。最下位に沈むフロンターレで試合に絡めなかったストライカーが、トニーニョ・セレーゾ監督に才を見出されてスタメンに抜擢される。長谷川祥之のケガや柳沢敦、平瀬智行のシドニー五輪出場もあってFWの駒が足りないなかで、鈴木が台頭していく。リーグ、天皇杯、ヤマザキナビスコカップ(現・YBCルヴァンカップ)で公式戦15試合において7ゴールと大暴れし、Jリーグ史上初となるクラブ三冠に、欠かせない存在となった。ナビスコカップではニューヒーロー賞を受賞している。

「選手としてはもう終わりかけていた状況。ここで生き残るには、余計なことを考えずに必死に、命がけでやるというだけ。もちろんそれまでもそうやってきてはいましたけど。ポジションを取ったら取ったで、この地位を絶対に離したくはないという思いでした」

 なかでも12月、横浜F・マリノスとのチャンピオンシップは鈴木の本領が発揮されている。アウェーでの第1戦をスコアレスドローで終え、舞台を国立競技場に移した第2戦。前半24分だった。球際の競り合いに勝って前を向いてドリブルしていき、前線に当てたボールをリターンで受けてペナルティーエリア左角からグラウンダーのシュートを放つ。川口能活が弾き切れなかったこの先制点によって流れがアントラーズに一気に傾き、3-0の勝利で栄冠を勝ち取った。大事な場面でバトルに勝ってゴールを決める勝負強さは鈴木の代名詞にもなっていく。

 その背景にあったのは、必死に食らいついてきた日々だった。

「気持ちの強さ、意志の強さがあるからこそ、苦しい戦いになった時に結果につながったとは思っています。相手にビビったり、試合状況にビビったりしていたら、積極的なプレーも結果も、出ないじゃないですか。積極的なプレーというのはリスクも伴う。だから失敗する可能性も高くなる。でもそれを怖がってしまって無難なプレーになってしまったら、チャンスをもらえなくなりますから」

 リスクを伴って失敗も繰り返してきた。それでもひるまず、強い意志を揺らがせることはなかった。

 ようやく花が開こうとしていた。

 まだ日本代表のほとんどが国内組だった時代。フィジカルも意志も頑強な、遅れてやってきた24歳のFWに、日本代表を指揮するフィリップ・トルシエが目を留めるのも自然な流れであった。(文中敬称略/第3回に続く)

■鈴木隆行 / Takayuki Suzuki

 1976年6月5日生まれ、茨城県出身。日立工業高校から1995年に鹿島アントラーズに加入し、CFZ(ブラジル)、ジェフユナイテッド市原(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)、川崎フロンターレへの期限付き移籍を経て、2000年途中に鹿島へと復帰。トニーニョ・セレーゾ監督の下で出場機会をつかみ、リーグ、天皇杯、ヤマザキナビスコカップ(現・YBCルヴァンカップ)の三冠に貢献した。その後はベルギー、セルビア、アメリカでもプレーを経験している。日本代表としても活躍し、2002年の日韓W杯の初戦となったベルギー戦では同点弾を記録するなど、通算55試合11得点を記録。2015年を最後に現役を引退し、現在はUNBRANDED WOLVES SOCCER SCHOOLの代表を務める。

(二宮寿朗 / Toshio Ninomiya)



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二宮寿朗

にのみや・としお/1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『岡田武史というリーダー』(ベスト新書)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)などがある。

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