ドイツへ“放出”は成功への道「一人前にしてもらった」 元エースも経験…21歳日本人を見守る目

高井幸大はボルシアMGに期限付き移籍した
イングランド・プレミアリーグ、トッテナムのDF高井幸大が、「次はファーストチームでのデビューに向けて頑張りたい」と言っていたのは、昨年12月初旬。クラブ公式の取材でのコメントは、U-21チームでの試合を受けてのものだった。国内6部勢を相手に、非公開での練習試合ではあったものの、昨夏の移籍後初めて、トッテナムの一員としてピッチに立った21歳のCBは「45分間だけでしたけど、楽しくサッカーができた」と穏やかな表情で話していた。
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その1か月後、欧州での“1軍デビュー”は、イングランドからドイツへと舞台が移されることになる。新年2日目に、ドイツ1部ボルシアMGへ期限付き移籍の運びとなった。
トッテナムでの1軍戦は、レンタル移籍5日前のベンチ入りが唯一の経験。プレミアリーグ第18節クリスタルパレス戦(1-0)で、出番なく終わっている。クラブによる今冬の移籍商談第1号であり、買い取りオプション付きとも報じられていることから、国内では「忘れられた新顔」が、今季終了後に「1度もプレーすることなく去る可能性」が報じられもした。
だが、悲観的に受け止める必要はない。もちろん、不運には見舞われた。「超アンラッキー」と同情していたのは、筆者と同じ西ロンドンに住むトッテナムファンの隣人だが、川崎フロンターレから引き抜かれた移籍先では、足底筋膜炎、続いて大腿四頭筋の怪我と続いた。移籍1シーズン目前半の大部分を、リハビリが占めるはめになっていなければ、今季リーグカップの早期ラウンドで、デビューの機会が訪れていたかもしれない。
トッテナムの正CBコンビは、力強くアグレッシブに守るクリスティアン・ロメロと、迅速かつ冷静なカバー能力が光るミッキー・ファンデフェン。互いを補いながら、「1+1」の答えを「2以上」に出来る両者は、プレミアでも随一のCBコンビだ。
今季から指揮を執るトーマス・フランクは、ドンカスター(3部)が相手だった第3ラウンド(3-0)と、ニューカッスルに敗れた次ラウンド(0-2)で、ロメロが負傷欠場中ながら、ファンデフェンをベンチに温存。昨夏に、ランスからのレンタルが完全移籍に切り替えられたケビン・ダンソと、バイエルン・ミュンヘンからレンタル移籍中で、本職は守備的MFのジョアン・パリーニャに、4バックの中央でコンビを組ませていた。
しかしながら、肝心のプレミアでは、先のクリスタルパレス戦がそうであったように、守備陣に故障や出場停止が重なっても、ベンチ入りが精一杯だったのではないか。高井の獲得は、選手層と近未来の充実を念頭に置いた補強と理解されていたためだ。
獲得に要した500万ポンド(約10億6000万円)は、Jリーグ史上最高額ではあるが、プレミアでは一般的に、ベテランのバックアッパーか、これからの若手を獲得する場合の移籍金レベルだ。言うまでもなく、高井は後者の部類に属するが、当初は「日本から直で移籍してきたばかり」だと強調し、チーム練習復帰が叶った昨年11月後半の時点でも、「ポジティブ」「気に入っている」という程度の表現に留まっていた指揮官にすれば、ステップアップを可能にする条件は備えているとの判断で獲得を承認した日本代表DFの評価が、高い潜在能力の域を出ていないままに違いない。
192cmの身長も、チームのCB陣では際立つ高さではない。ロメロとファンデフェンの正コンビ、3番手争いをリードするダンソ、加えて、冒頭で触れたU-21戦で前半は高井と並んだラドゥ・ドラグシン、やはり加入1年目のルカ・ブシュコビッチは、平均身長190.4cmの5名だ。
フィジカルに関し、「本当に90kg?」と聞いてきたトッテナムファンの知り合いは、前述の隣人だけではない。地元サポーターの中には、プレミア適応には肉体の強化を要するとの見方があった。身長は190cm近く、サウサンプトン時代(2012〜20年)に、和製プレミアCBの道を拓いた吉田麻也(現LAギャラクシー)にしても、移籍後に筋肉の鎧を手に入れる努力が必要だった。
その吉田は流暢だった英語も、まだ高井は限られていると見受けられる。後方からのコーチングが欠かせないCBは、フィールド選手の中で最も、言葉による意思の伝達が求められるポジションでもある。高井の獲得先が日本のJ1ではなく、欧州の主要リーグに属するクラブであれば、レンタル返しで1軍経験を重ねさせていても不思議ではなかっただろう。
クラブのレジェンド、ハリー・ケインもレンタルを経験
トッテナムには、ともに23歳のMFパプマタル・サールとDFデスティニー・ウドジェという、近年の成功例がある。センターハーフの前者は、4シーズン前にフランスはリーグアンのメス、左SBの後者は、3シーズン前にイタリアはセリエAのウディネーゼと、移籍直後のシーズンを古巣で継続する段取りが組まれていた。揃って、リーグ戦33試合分の経験値と成長度を携えてトッテナムに戻り、主力としての現在に至っている。
トッテナム入りから半年が過ぎた高井には、年齢的にも、怪我のトンネルを抜けたばかりの状況的にも、プレミアのステータスではなく、欧州のトップチーム実戦経験が必要だ。まだ18歳だが競争相手の1人となるブシュコビッチは、1軍での出場時間を求め、今季開幕ひと月目に、自らの意思でブンデスリーガのハンブルガーSVへとレンタルで出ていった。
高井の修行先となるボルシアMGは、ハンブルガーと同じく降格圏から5ポイントしか離れていない、今季ブンデス18チーム中12位で、ドイツのウィンターブレイク明けを迎える。だが、レンタル元とレンタル先の両クラブ、そして選手自身が納得ずくであれば、残留争いですら若手のメンタル鍛錬として前向きな解釈が可能だ。
トッテナムでは、クラブの歴代得点王にして、今世紀の最高傑作とも言うべき、ハリー・ケイン(現バイエルン)という好例がある。ユース時代に獲得されたCFが、ミルウォール(2部)へのレンタル修行に出たのは、18歳だった14年前の1月。降格圏の淵から2つ上に落ちていた移籍先では、デビューからリーグ戦2連敗となる。だが最終的には、ゴールを決めた7試合は負け知らずで残留実現に貢献。のちにトッテナムのエースとなったケインは、カップ戦でミルウォールと顔を合わせた際に、「本当の一人前にしてもらった」と、レンタル移籍の効果を認めていた。
ケインが若手だった当時のトッテナムは、レンタル上手なクラブとして知られていたわけではない。だが今では、他のビッグクラブと同様、レンタル放出組に特化したケア担当者も存在する。レンタル移籍と育成過程に関する責任者を務めるアンディ・スコールディングは、チーフスカウトだった前任地のレンジャーズ(スコットランド1部)はもちろん、リバプールやフルアムでの分析担当時代から、育ち盛りの選手を見守る目には定評のある人物だ。
今季は、高井と同じ21歳のアルフィー・ディバインが、レンタル先のプレストン(2部)でリーグ戦25試合に出場し、MFながら7得点に直接絡む成長ぶり(本稿執筆時点)。2歳年下でウィンガーのヤン・ヒョクは、1月の移籍市場で、降格候補のポーツマスから昇格候補のコベントリー(いずれも2部)へと、修行先のレベルアップを果たした。ブシュコビッチは、ウィンターブレイク前に13試合を数えた、ブンデスでの先発フル出場回数を伸ばすに違いない。
同じく、ドイツで出場時間を重ねたい高井も、ボルシアMGでの強化合宿中に、すでに調整試合を経験済みだ。クラブ公式サイトを通じ、本人が「気分もフィット感も良い」と言えば、3バック採用が多いオイゲン・ポランスキ監督も、「コウタを少しでも早くチームに組み込みたい」と述べている。
日本代表DFとしては今夏のW杯メンバー入り、そして何より、トッテナムDFとして来季の1軍定着を目指す、加入1年目後半のレンタル移籍。それは、本人にとって余計な回り道でもなければ、クラブによる早期換金策でもない。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。


















