英1年目の日本人は「最高のCBになれる」 フランス名手を彷彿…守備崩壊でも高い評価

ロンドン・シティ・ライオネスの熊谷紗希【写真:PA Images/アフロ】
ロンドン・シティ・ライオネスの熊谷紗希【写真:PA Images/アフロ】

実力者集団の「WSL1年生」で戦うロンドン・シティ・ライオネス熊谷紗希

「辛抱強く、やり続けるだけ」――ロンドン・シティ・ライオネスのDF熊谷紗希は、試合後に繰り返した。9月14日のウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)第2節、昨季2部王者の自軍は、昇格後初のホームゲームでマンチェスター・ユナイテッド・ウィメンに大敗(1-5)。今年1月に移籍した日本女子代表キャプテンは、最終ラインの中央で、アウェーでの前節アーセナル・ウィメン戦(1-4)から計9失点での開幕2連敗を味わう結果となった。

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「9失点は、本当に悔しさしかない」と熊谷。クラブ創設から6年、野心家の現オーナーによる買収から2年という新興勢力が、それぞれ昨季WSLの2位と3位を相手に、トップリーグでの洗礼を受けた格好だ。この日は、開始早々3分にPKで先制を許すという、最悪のスタートでもあった。

 それでも、続く30分ほどの間に、セットプレーから同点のチャンスを3度作り出している。大型補強を繰り返す実力者集団が、並みの「WSL1年生」とは違うと目される所以だろう。その一員である熊谷も、自軍コーナーキック時にファーサイドにポジションを取ると、マークについたMF宮澤ひなたをフィジカルで抑え、教科書通りに叩きつけたヘディングシュートで相手GKのセーブを呼んだ。

 もっとも、当人に言わせれば「まだまだ足りないですよね」となる。

「これが1部と2部の違いだと思うし、たどり着きたかった場所でもあるので、自分たちが修正しなきゃいけない点を含めて、やり続けるしかない」

 LCライオネスにとっては、開幕戦での3-4-1-2から4-2-3-1へのシステム変更が、中盤での力負けにつながった感がある。加えて、次第にワイドエリア活用の頻度を高められ、間延びしたディフェンスラインの隙間をつかれた。相手2ボランチの一枚を務めた宮澤が、アウトサイドからのパスを予期してボックス内に走り込んだ場面、熊谷がスライディングで折り返しをブロックしていなければ、前半31分に追加点を決められていたかもしれない。

 実際の2失点目は、その2分後。そして、後半最初の5分間で2点を追加されて勝負を決められた。同2分、宮澤の1タッチパスで加速した攻撃をメルビン・マラードにフィニッシュされた3失点目は、WSLでもVARが採用されていれば、熊谷が背中に感じていたはずの相手CFのオフサイドにより、ノーゴールとなっていたに違いない。

経験あるベテランとしての自覚

 だが、続く同5分の場面では、フリーでヘディングシュートを決められている。自軍右サイドからクロスを入れられる直前、ボールサイドにいた熊谷は、素早く背後を確認して左SBにマラードのマークを促していたが、味方の意識はボールだけに向いてしまっていた。0-4とされた数分後、相手選手の負傷でプレーが中断すると、熊谷はキャプテンを務めるスウェーデン代表FWコソバレ・アスラニと言葉を交わしていた。

 そんな姿を眺めなから、筆者は、クラブも性別も違うが、往年の名DFマルセル・デサイーが、成り上がり初期のチェルシーに30代で招かれ、実力と経験値の高さを見せつけた1998年当時を思い出していた。

 前週のアーセナル戦、チームとしての結果とは裏腹に、識者間で「WSL最高のCBになれる」との声があったのが、熊谷でもある。それほどの選手だけに、WSL1年目のチームで背負う責任は、昇格を目指していた昨季以上に重いのではないかとも思われた。すると本人は、「それなりに経験はあるので、そこは本当にやらなきゃいけないところではあると思う」と切り出して、次のように続けた。

「ただ、ちょっと簡単に失点しすぎるというか、そこを守れないんだったら勝てないよねっていう失点が、ちょっと多すぎるなっていうところは正直ある。個人的な部分なのか、それともチームとしての部分なのか、そういったところを、もっともっとやりながら修正していかないといけない。

 あとは、1対1。難しいところはあると思うんですけど、どこで負けちゃいけなくて、どこまでならまだ許されるのかっていうところを、もう少し。WSL上位は、ワイドからの攻撃がすごく強みになっているチームが多くて、じゃあ、その相手に対してどう守るのか、クロスへの対応も含めてどうやっていくのかっていうところ。練習でもやってはいますし、もちろん結果も求めながらになりますけど、チームとしての成長という部分で、辛抱強く自分のやるべきことをやるだけなのかなとは思っています」

バックスタンドが改装中のLCライオネス本拠地【写真:山中 忍】
バックスタンドが改装中のLCライオネス本拠地【写真:山中 忍】

昇格1年目も上位フィニッシュを「本当に目指すだけ」

 幸い、LCライオネスのファンも、新たに生まれた地元女子チームを忠実に見守る構えを見せている。WSLでのホーム初戦はチケット完売。後半31分、記念すべきWSLでの自軍初得点が生まれると、試合のなかでは終盤に一矢を報いたにすぎないゴールであっても、2800人の観衆が沸いた。

 その11分後には、再び4点差とされてしまう。ユナイテッドの新ウインガー、23歳のイングランド代表ジェス・パークに切り込まれ、右足を振り抜かれた。最後に足を伸ばした熊谷も、かわされてしまった。

 だがこれは、この試合のプレーヤー・オブ・ザ・マッチの個人技を褒めるべき。アディショナルタイム5分、LCライオネスの日本人CBが、そのパークのパスを前に出てカットしてカウンターのきっかけを作ると、スタンドからは感嘆の声が上がった。

 記者席の筆者にとって、こうした一連の出来事は、改装中で無人のバックスタンドを背景とする中で展開された。ホームチーム自体も、まだ成り上がりの途中。そう感じ続けた一戦でもある。試合前に観戦プログラムに目を通せば、見開きで今夏の新加入選手17人が紹介されていた。先発した4バックの半分、「2+3」のMF陣では過半数の3人が新顔だった。チームとしての機能には少し時間がかかりそうだが、熊谷は言っている。

「(移籍市場)最後の週に3人来たりして、まだまだ合わせなきゃいけない。プレシーズンがあったようでなかったというか、本当にチームとして合わせてやれた時間はそんなに多くないので。でも、そんなことは言い訳でしかないし、ちょっと計9失点でやられていますけど、やるべきことをやり続けるだけというか、それに尽きる。それが自分にできることだとも思うので。今、結果が出ないところは辛抱強く耐えながら、1つ1つ積み重ねていきたい」

 しばしの辛抱の先には、大きな目標がある。それは、昇格1年目の上位フィニッシュ。過去2年は、昇格チームが即2部に逆戻りとなってもいるだけに、まずは定着への基盤作りが妥当な目標と言えそうなWSL1年目だが、そこは、野心旺盛なLCライオネスだ。

 ホーム初戦では、移籍市場最終日に加入したグレイス・ゲヨロが、後半にデビューを飾るというプラス材料もあった。パリ・サンジェルマンからの移籍金が、女子サッカー界では世界最高の140万ポンド(約2億8000万円)と報じられているフランス代表MFは、中盤を仕切ることのできる28歳の大物即戦力として、ジョセリン・プレシュール監督の古巣から呼び寄せられた。LCライオネスは、歯車が完全に噛み合ってくればトップ4を狙えるだけの戦力を手にしているようにさえ思える。

 そう伝えると、昨季レギュラー陣では数少ない“生存者”でもある熊谷は、トンネルに消える直前に止まって応じてくれた取材を、こう締め括ってくれた。

「確実に、そこでしょうね。リーグ開幕から打ちのめされてはいますけど、私たちの目指すところ、行かなきゃいけないところは、やっぱりチャンピオンズリーグ出場権獲得(トップ3)。チームとして、今シーズンの目標として掲げるところもそこにあると思う。この開幕直後の経験から学ぶものはたくさんあると思うし、もう本当にそこを目指すだけ。あとは、余計な勝ち点を落とさないというか、着実に取れるところから取っていかないと苦しいだろうなと思うので。このクラブが、まだ取ったことないWSLでの勝ち点を取れるまで、辛抱だなと思っています」

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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