アギーレ監督と長友佑都の“因縁” 会見で無言の30秒…救った指揮官「先に答えましょう」

ハビエル・アギーレと長友佑都【写真:写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
ハビエル・アギーレと長友佑都【写真:写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

2015年アジアカップ準々決勝・UAE戦前日会見、長友が黙り込んでしまった

 2026年北中米ワールドカップ(W杯)開催地であるアメリカで、現地時間9月6日のメキシコ戦(オークランド)と9日のアメリカ戦(コロンバス)に挑む日本代表。チームは1日から現地でトレーニングをスタートさせているが、3日目には別調整が続いていた三笘薫(ブライトン)がようやく全メニューを消化。「コンディション? 大丈夫です」とキッパリ回答しており、プレーはできる状態のようだ。(取材・文=元川悦子)

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 ただ、今回はあくまでテストマッチ。三笘にムリはさせられない。今回の代表は本番を想定した西海岸から東部への移動・環境適応も重要なシミュレーションの1つ。1戦目でエース級のアタッカーを離脱させるわけにはいかない。となれば、メキシコ戦は温存し、アメリカ戦に向けて万全の状態に引き上げてもらうという考え方もありそうだ。

 となれば、左ウイングバック(WB)は違った人選になる。最終予選までは中村敬斗(スタッド・ランス)が2番手という位置づけだったが、ご存じの通り今季始動時からチームに合流しておらず、今夏の移籍もいまのところ実現していない。その結果、9月シリーズは選外になっている。

 彼に続く選択肢は、通常なら前田大然(セルティック)ということになる。もちろん前田を左サイドに据えれば、前線からの守備強度が上がるし、推進力も申し分ない。計算できる存在なのは間違いないだろう。

 ただ、テスト色の強い今回はあえて長友で挑むというのも一案ではないか。長友は7月のE-1選手権・中国戦(龍仁)で2022年カタールW杯以来の国際Aマッチ出場を果たしたが、そのときは3バックの左。本職の左WBや左サイドバック(SB)ではなかった。

 本人は新たな可能性を示せたことを前向きに捉えてはいたが、今回から始まる本格的なチーム強化のフェーズでは本職で勝負したいはず。7月以降のJリーグを見ていても、左右のSBで非常にキレのあるパフォーマンスを維持しており、国際試合に使うなら今が最適と言っていい。

「『今の状態なら代表でしっかりとプレーできるな』と自信持って言えるコンディションに戻ってきたなと感じます。自分のなかでも全盛期のインテル時代の自分に戻すっていうところで取り組んでいる。今はまだ7割くらいですけど、3か月以内にはそのくらいの状態に持っていけると思います」

 本人も目をギラつかせたが、右肩上がりの長友を格上のチームと対峙させ、本当に1年後のW杯で使えるかどうか見極めるのは有益なこと。本人もメキシコ戦出場を千載一遇の好機と捉えているのか、3日の全体練習後は全員がロッカーに下がるまで入念なランニングとクールダウンを行っていたほどだ。

 その相手がハビエル・アギーレ監督率いるメキシコというのも因縁深いところ。かつての日本代表指揮官が采配を振るったのは、2014年ブラジルW杯直後の9月から翌2015年1月のアジアカップ(オーストラリア)までの4か月間。極めて短い期間ではあったが、「本当に熱くていい監督だった。一緒に長くできなかったのは残念ですけど、『まだまだ長友がこれだけ動けるのか』というところを彼の目の前で証明したいです」と長友自身も強調。10年半ぶりの恩師との邂逅を感慨深く感じている様子だ。

 実際、長友はアギーレに助けられたことがある。それは2015年アジアカップ準々決勝・UAE戦前日会見での出来事。「ブラジルで何が足りないと感じ、ロシアに向けて何を成長させようとしているのか。それを踏まえてUAE戦を含めた今大会では何をテーマに取り組んでいるのか?」と筆者が質問したところ、誰よりもコミュニケーション力に秀でた男が30秒ほど黙り込んでしまったのだ。

 無言の長友を目の当たりにしたアギーレは、緊迫した空気を打ち破るように、「私が先に答えましょう」と咄嗟に機転を利かせた。そして「佑都は戦うことのできる力強い選手であり、他の選手たちに愛され、敬意を払われています。右でも左でもプレーでき、リズムを作り、意欲を見せる選手ですので、それは他の選手たちに伝染します。また、明るい性格がグループにいい影響を与えていると思います」と絶賛してみせたのだ。

 長友はこの時、なぜ押し黙ってしまったのか……。要因は主に2つ考えられた。

 1つ目はブラジルでの惨敗だ。「本物の長友佑都を見せたい」と意気揚々と向かった大舞台で1勝もできずに惨敗したことで、彼自身の落胆は想像を絶するものがあった。アギーレジャパン発足後も代表には来ていたが、「自分が何か言葉を発すると周りにネガティブな影響を与える」という思いから、メディアから逃げるように去っていく場面が続出。UAE戦前日の会見でも自身の考えがまとまらずに、口を開けなかったのだ。

 もう1つはインテルでの立ち位置。2014-15シーズンの長友は、6つ年下のブラジル人・ドドの加入で左SBの定位置を追われ、右SBでのプレーを余儀なくされていた。「自分は何を突き詰めて未来へ向かえばいいのか」を考えれば考えるほど、答えが分からなくなっていく……。彼はキャリアのなかでも珍しいほどの高い壁にぶつかっていたのである。

 結局、アギーレとともに戦った代表は2015年アジアカップで8強止まり。長友本人も直後にインテルで右太ももを負傷。5月まで長期離脱を強いられるなど、同シーズンは1年通して苦しんだ。その後、2015年夏以降は復調し、日本代表でも復活。2021年夏のJリーグ復帰後はさまざまな批判にもさらされたが、W杯4大会出場という偉業を達成。紆余曲折の末にここまで辿り着いたのだ。

 そのうえで、現在、5度目の大舞台を虎視眈々と狙っているのは周知の事実。アギーレとは10年半ぶりの再会ということになる。普通であれば現役選手を続けているだけでも称賛されるべき年齢になった男が、元代表指揮官を敵に回して真っ向勝負を演じようとしているのは、特筆すべきこと。それが本当に叶い、アギーレを驚かせることができれば、大きな浮上のきっかけになるのは間違いない。

 そんな劇的なドラマを見たいと願う人々は少なくないはず。リアリストの森保監督の脳裏にロマンがよぎることはないだろうが、サッカーはエンターテイメントでもある。アギーレに所属クラブで冷遇された久保建英(レアル・ソシエダ)にしてもそうだが、敵将にゆかりのある面々が大活躍して、指揮官に存在感を見せつけ、苦手なメキシコを撃破できれば、見る者にとっては理想的なシナリオに違いない。それが現実になることに期待しつつ、6日の本番を興味深く見守っていきたいものである。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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