Jユースから昇格失敗「上がっても厳しかった」 欧州日本人の運命を変えた挫折と気づき

欧州で活躍するDF常本佳吾、「言語はマスト」と断言
欧州でプレーする日本人選手にとって最大の壁は何か。スイス1部セルヴェットで活躍するDF常本佳吾は「言語はマスト」と断言する。横浜F・マリノスユースからトップ昇格を逃した経験を経て、明治大学で培った「自分と向き合う力」が異国の地で戦う支えとなっている。挫折を糧に成長を続ける26歳が語る、海外挑戦を目指す若い世代への貴重なメッセージとは――。(取材・文=中野吉之伴/全4回の4回目)
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ヨーロッパに渡った大半の日本人選手は、サッカーの違いを感じ、順応の苦労を口にする。言葉、環境、習慣、文化、食事、そしてサッカー。あらゆるものが異なる。そうした適応の難しさは誰もが理解している。欧州以外の地域から選手を獲得する場合、クラブ側も十分な適応期間を見越して対応するのが一般的だ。
とはいえ、そのプロセスをより最適化できるのではないか。実際に現地へ行ってみなければ分からないことも多いが、日本にいる段階でできる準備もまだ多くあるはずだ。
常本は、その1つとして「真っ先に思いついたのは、やっぱり言葉ですね」と語る。
「言語はマスト。本当に必要だなと感じる。サッカー面でこれをやっておけば良かったというのは、実際難しいところもあると思います。ヨーロッパと日本のサッカーで違いがあり、そこはどうやっても事前に準備できない部分もある。ただ言葉に関しては準備ができる。あとはあえて挙げるなら、環境の変化に対応できるメンタルを鍛えておくことじゃないですかね。日本ほどケアしてもらえなかったり、自分でやらなければいけないことがたくさんある。そうした環境の変化に対応できる能力を鍛えておくのが大事」
環境変化への適応能力はどんな分野においても欠かせない大切な要素だ。育成の段階から強化に取り組む必要があると常本は強調する。
「僕は大学(明治大学)時代にかなり鍛えられたと思っています。そこで培ったものが今に活きている。あそこで必要なメンタルを培えたのはすごく大きい。矢印を常に自分に向けながら、環境変化に対応できるのは、やはり自分と向き合っているからこそだと思うし、自分のことをよく理解してどんな状況でも自分がやるべきことを淡々とできるかどうか、ということだと思います」
自分を見つめ直した大学4年間「自分に足りないものが何かに気づけた」
常本が大学時代に変わったきっかけはなんだったのか。
「環境じゃないですかね。(横浜F・マリノスの)ユースの頃までは、決して天狗になっていたわけじゃないですけど、世代別代表に入ったり、ナショナルトレセンに絡めたり、自信はすごくあった。それでもそのままプロにはなれなかった。1つのきっかけとして、そこがすごく大きかったですね。『自分は変わらなきゃいけない』と本気で気づけたし、大学の4年間でそこを見つめ直せた。自分に足りないものが何かに気づけたというのが一番大きかったですし、それがきっかけだったと思います」
成功体験だけでは、人は真に成長できない。勝ち続けるだけの人も、負け続けるだけの人も、その成長曲線はやがて鈍化していく。適度な挫折を経験し、時には大きな衝撃と正面から向き合い、自分自身を見つめ直す時間を持つ。そんな環境に身を置くことこそが、選手として飛躍するために欠かせない要素だ。
「振り返ると、一番の挫折は(横浜F・)マリノスで(ユースからトップチームに)上がれなかったことですね。でも今考えればそれも良い経験だったと思います。あのまま上がっていても、厳しかったのかもしれない」
選手がどのように成長していくかを見極めるのは決して簡単ではない。Jクラブユースからそのままトップチームに昇格して順調に伸びる選手もいれば、常本のように昇格を逃したことが転機となり、別のルートで大きく飛躍するケースもある。
「うーん、難しい。高卒でトップチームに進んで上手くいく人や大卒から上手くいく人、やっぱり共通しているのはメンタルの強さ。かなり強くないとダメですね。特に高卒でプロの世界に入るなら、周りに流されず、常に自分と向き合えるメンタルを持っている人じゃないと難しいと思います。だからこそ、もし自分がユース時代にそのまま昇格していたら、きっと難しかったんじゃないかなって」
岡崎慎司の言葉に同意「確かにですね。失敗は体験しないと」
常本のコメントは非常に興味深い。中学や高校時代の常本は、まだ周囲に流されやすく、自分と向き合う力が十分に備わっていなかったということなのだろうか。当時の監督やコーチたちも、その点に対してなんらかの働きかけをしていたはずだ。
「当時はピンと来ていなかったのかな……。中学や高校時代も自分と向き合う力をつけようという意識はあったつもりでしたけど、大学であれだけ自分が変われたということは、当時はやはり足りていなかったのだと、今振り返って思います。高卒でプロになれていたら、どんなキャリアになっていたのか――ちょっと見てみたい気もしますね(笑)」
そんな話の流れで、元日本代表FW岡崎慎司が語っていた「環境が変わった時に、人は最初に苦労したほうがいい。いきなり上手くいくこともあるけど、なんで上手くいったのか、その理由が分からないと、後でぶつかる壁に対処できなくなってしまう」という言葉を伝えると、常本は「確かにですね。失敗は体験しないと」と頷いた。
若い世代にとって、これは非常に参考になる話ではないだろうか。誰しも失敗の体験は避けたいものだ。しかし、勇敢にチャレンジし、成功も失敗も味わいながら、苦い経験に泣いたり悔しがったりする。そのなかで自分と向き合うことを避けずに受け止めてほしい。それは必ず、将来の確かな力となるはずだ。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。