名将クロップも恐れた「88分間の天才」 日本人選手が学ぶべき超一流のドイツ名手の”支配術”

今季限りでバイエルンを退団するトーマス・ミュラー【写真:IMAGO / Ulmer/Teamfoto】
今季限りでバイエルンを退団するトーマス・ミュラー【写真:IMAGO / Ulmer/Teamfoto】

トーマス・ミュラーは何が凄いのか? 名選手・名監督たちが絶賛する訳

 世界には優れた選手が多くいるが、超一流の資質を兼ね備えた選手となると数少ない。今季限りでバイエルン・ミュンヘンを離れることになる元ドイツ代表MFトーマス・ミュラーはその1人だ。

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 バイエルンで公式戦750試合出場を達成し、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝2回、リーグ優勝13回を含めてクラブタイトルは実に33個。ドイツ代表としても2014年ワールドカップ(W杯)で優勝しているミュラーの全盛期を称賛する声は後を絶たない。

 では、ミュラーは何が超一流だったのか。

 ドイツのシュピーゲル誌は「(リオネル・)メッシはドリブルの王様。(ケビン・)デ・ブライネはパスの王様。そしてミュラーはオフ・ザ・ボールの王様だ」と評した。例えば、元フランス代表FWティエリ・アンリの言葉にも頷ける。

「トーマス・ミュラーのプレーからは本当に多くのものを学び取ることができる。チームのために多く働き、守備の局面でも汗をかき、攻撃へとつなげていく。彼のようにプレーしなければいけないと思うんだ。僕ならいつもこうアドバイスをするよ。『ミュラーのようになれ』ってね。ミュラーはチームのために求められるプレーをしてくれるんだ。言葉で言うのは簡単だよ。でも、それが一番難しいことなんだ」

 サッカーの試合は90分だが、各選手がボールに触れている時間は平均2分にも満たないと言われている。つまり、残りの88分はボールを持っていない時間であり、この時間帯のプレークオリティーが試合の大局を左右すると言っても過言ではない。

「僕は戦術的な部分で上手く育成されてきた選手で、ピッチ上でどんなふうに試合が動いているかを常に観察しているんだ。そこまで多くボールに関わっていないこともある。でも、僕は辛抱強く、正しい瞬間を待つことができるし、そこからゴールへ向かってアクションを起こす瞬間を探し続けているんだ」

 ミュラーが自身のプレーについてこのように解説していたことがある。そのプレーの凄さをさらに分かりやすく話してくれたのが、長くバイエルンでパートナーを組んでいたポーランド代表FWロベルト・レバンドフスキ(現FCバルセロナ)だ。

「いつでも理想的にフリーとなれるスペースに出没できる。それもチームのために全力で攻守に走り回り、チームメイトに絶えず指示を飛ばしながらだ。あれができるのは彼だけ。そして話さなくても1つの視線、1つの動きだけで、何を考えているかをスキャンするし、次にどんなことが起こるのかを見定めているんだ。それが素晴らしい」

ユルゲン・クロップもミュラーの存在を恐れていたという【写真:IMAGO / MIS】
ユルゲン・クロップもミュラーの存在を恐れていたという【写真:IMAGO / MIS】

際立つ“チェックメイト力”…名将クロップも脱帽「これ以上なく厄介」

 特にゴールにつながるパスやシュートの判断精度が極めて高い。ミュラーがプロデビューした頃、バイエルンでアシスタントコーチを務めていたヘルマン・ゲーランドが、当時の会長であるウリ・ヘーネスに「サッカーを理解して、いつでもゴールに関わることができる選手」と称賛していたのは有名な話だ。ゴールから逆算したポジションを取り、どこへどのようにボールを運んだら決定的なチャンスとなるかイメージしながらプレーができている。2019-20シーズンにはブンデスリーガ史上最多となる21アシストを記録した。

 2012-13シーズンのバイエルンが3冠(CL、ブンデスリーガ、ドイツカップ)を獲得した時の名指揮官ユップ・ハインケスがミュラーの凄さを、昨季引退したトニ・クロースとともに次のように称賛していたことがある。

「選手として理想的な存在がミュラーとクロースだ。試合を有利に進めるために必要なのは、試合の中でリズムを変えられる選手だ。意図的にボールを落ち着ける時間帯へ持ち込むことで、素早い攻撃への仕掛けを作り出せる選手だ。それこそがサッカーにおける偉大な芸術であり、それができる選手は本当に限られているんだ」

 実際にミュラーのプレーを観察していると、ダイレクトパスの使い方が非常に優れている。相手が対応できないタイミングとコースに素早いパスが入るため、どうしても守備組織がずれる。いつボールを落ち着けるのか。いつその仕掛けをするのか。そうした駆け引きが極めて卓越している。それこそがトーマス・ミュラーの妙技だ。

 ボルシア・ドルトムント、リバプールで指揮を執ったユルゲン・クロップは「トーマス・ミュラーは相手チームからしてこれ以上なく厄介な選手だ。守りにくいところへいつも動いていく」と話し、元フライブルク監督クリスティアン・シュトライヒは「トーマス・ミュラーは相手守備が作るブロックの間に潜り込むのが本当に上手い。まるで波の間を泳いでいるかのようだ」と評していた。

 サッカーはスキルだけでも、フィジカルだけでもない。思考の強さや勝者のメンタリティーも必要だ。ミュラーが体現してきたように、両チームの関係性から相手の短所と自分たちの長所を照らし合わせて試合の流れをコントロールし、数手先まで読んだ仕掛けをしながら意図的に「チェックメイト」の状況を作り出すプレーを、日本人選手も参考にしてもっと真似をしたほうがいい。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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