欧州帰りFWが身に着けた“右手”のセンス 14位→6位へ押し上げ…垣間見えた救世主の得点能力【コラム】
西村拓真が川崎戦で復帰後初ゴールを決めた
ボールを持ち運ぶMF西村拓真の姿を最後尾から見つめながら、横浜F・マリノスの守護神ポープ・ウィリアムは「いやぁ、何か入る感じがありました」とゴールが生まれる光景を思い浮かべていた。
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「もともと拓真はパンチ力がありますし、あの距離からでもゴールを決められる選手なので。ものすごく綺麗だったし、本当に素晴らしいゴールでした。自分も受けてみたいシュートだと思いました」
川崎フロンターレのホーム、Uvanceとどろきスタジアムに乗り込んだ8月17日のJ1リーグ第27節。FWアンデルソン・ロペスがPKを決めて、マリノスが先制に成功したわずか2分後の後半15分だった。
ペナルティーエリアの外、ゴールまで約25メートルの距離から、西村が利き足とは逆の左足を迷わずに一閃。空間を切り裂いた強烈な一撃を、川崎ゴールの右隅へ突き刺した。公式戦デビューを果たしていたGK早坂勇希の必死のダイブを無力化させるスーパーミドルをさかのぼっていくと、西村の“右手”に行き着く。
右サイドでの細かいパス交換から、右タッチライン際からDF松原健が中央へグラウンダーのパスを送る。これに西村が反応し、阻止しようと川崎のボランチ橘田健人も体を寄せてきた次の瞬間だった。
橘田を押すように体を回転させた西村があえてボールをスルーさせて、ロペスへのパスを開通させる。さらに橘田を置き去りにした西村は右手で前方を指し、ボールを落としてほしいとロペスへ合図を送った。
橘田だけでなく大島僚太もボールサイドに寄っていた状況下で、バイタルエリアに生じていた大きなスペースを察知した西村の機を見るに敏な仕掛け。ロペスを必死に背負っていた、パリ五輪帰りのDF高井幸大が先にボールに触れるもクリアはできない。こぼれ球を拾った西村の選択肢はシュートしかなかった。
「迷いがなかったので、それが一番よかったと思う。インステップは得意だし、狙い通りでした」
右足でボールを持ち運んだ直後に放たれた、左足のインステップシュートがリードを2点に広げ、3連勝中だった川崎の勢いを完全に止めた。期限付き移籍していたスイスのセルヴェットから復帰して5戦目。待望の初ゴールを決めた西村は、先制点となったロペスのPKを誘発したプレーでも“右手”を駆使している。
トップ下で先発していた西村が、ハーフウェーラインを越えて自陣へ下がってくる。MF渡辺皓太からボールを引き出すと、左サイドにいたDFエドゥアルドへパス。自らは敵陣へスプリントしながら右手で前を指した。エドゥアルドだけでなく、左タッチライン際にいたDF永戸勝也へ向けたメッセージだった。
一気にスピードをあげて攻める。西村の青写真通りに、パスを受けて攻め上がった永戸がグラウンダーのクロスを送る。ターゲットとなったロペスが、DF佐々木旭を背負いながらボールを落とす。自陣から長い距離を走り、ペナルティーエリア内へ侵入してきた西村がボールを受けた直後に、追走してきた橘田に倒された。
間髪入れずに福島孝一郎主審が、マリノスのPK獲得を告げる笛を響かせる。意図的に自陣へ戻り、パスをさばいてから攻撃のスイッチを入れた西村は、コンビネーションで奪ったPKを満足そうに振り返った。
「カツくん(永戸)とロペスと同じ画を描けていた。3人の関係性がよかったし、ああいうシーンが増えてくればもっとチャンスが生まれてくる。個人の力だけでは突破できないときもあるし、そういうなかであのようなコンビネーションが生まれて、得点につながるシーンができたのは本当にポジティブだと思っている」
試合を大きく動かした殊勲の西村は、追加点をあげた直後の後半19分にMF天野純との交代でベンチへ下がっている。このとき、ちょっとだけ表情に浮かべたように映った“不満”の二文字を西村は否定しなかった。
「そうですね。エナジーは余裕で残っていたし、もっとやりたい、という思いはありました」
怪我人も復帰…増すポジション争い
解任されたハリー・キューウェル前監督に代わり、ヘッドコーチから昇格する形で暫定的にマリノスの指揮を執っているジョン・ハッチンソン監督の狙いが、交代時に西村が抱いた思いに反映されている。
最終的には3-1のスコアで快勝した試合後の公式会見で、ハッチンソン監督はこう語っている。
「ポジションは約束されているわけではなく、ましてや与えられるものでもない。自分の力で掴み取るものだと思っているし、全員にチャンスがあるなかで、自分が(先発を)選ぶのを迷わせるところが大事だ」
フラットにメンバーを見ていくと、ハッチンソン監督は中断期間に選手たちへ告げていた。たとえばゴールキーパーは、北海道コンサドーレ札幌との再開初戦でポープが、ヴィッセル神戸との前節では38歳のベテラン、飯倉大樹が交互に先発。試合やプレーの内容を見て川崎戦の先発を決める方針が伝えられていた。
古巣でもある川崎戦の先発を射止めたポープは、激しさを増したチーム内の競争を歓迎するように「今日を(先発で)迎えられた、というのはひとつポジティブです」と試合後に話している。
川崎戦がキックオフされる前の時点で、チーム最長のプレー時間をマークしていたDF上島拓巳もベンチ外だった。ハッチンソン監督は「決してタクミが悪かった、というわけではない」と競争を強調しながら、怪我による長期離脱から復帰し、上島に代わってフル出場したDF畠中槙之輔のプレーを称賛した。
同じ図式がトップ下にも当てはまる。シーズン序盤からコンディションをあげて、3ゴールをマークしている天野とパリ五輪帰りの植中朝日、そして7月に追加登録されたばかりの西村。札幌戦で復帰後初先発を果たし、神戸戦では天野に先発を奪われた起用法の意味を理解しながら、西村は川崎戦後にこう語っている。
「監督の決定を僕はリスペクトしている。もっと信頼を得られるように、しっかりとやっていきたい」
前体制下で実に16年ぶりとなる4連敗を喫するなど、一時は14位にあえいだマリノスは暫定6位に順位を上げている。ハッチンソン監督の新たなアプローチもとで競争意識が煽られ、驚愕のスーパーミドルを含めて、西村の得点感覚や右手に象徴されるセンスも蘇ってきた。マリノスが上昇気流に乗りつつある。
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。