“ストップ・ザ・町田”に名乗りを上げるのは? J1ライバルクラブに求められる“強度を超える質”【コラム】
なぜJ1の猛者たちは初昇格の“新興クラブ”に首位快走を許しているのか
決壊は時間の問題だった。
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ガンバ大阪の勝利で首位が入れ替わる6月30日のJ1リーグ第21節のアウェーゲームは、左サイドハーフのウェルトンを中心にホームチームがサイドを制圧。FC町田ゼルビアの右サイドが瀕死の状態に陥ると、開始9分には右サイドを攻略される形から先制点を奪われた。
先取点が精神的優位性につながったG大阪は、町田のプレスの網を面白いようにかいくぐり、アタッキングエリアへと進入。ボールの奪いどころが定まらなかった町田としては、何点取られてもおかしくない試合展開に映った。
ところが1つの現象が試合の潮目を劇的に変えた。わずか2分の間に二度の警告を受けた半田陸が前半33分に退場処分でピッチを去ったあと、戦況が一変。10人になったG大阪を相手に、町田が前半終了間際にロングスローの展開から同点に追い付くと、後半は同16分にシンプルな前線へのロングボールからPKを獲得して逆転し、同24分には3点目も奪って勝負を決めた。
90分が終わってみれば、結局は町田が勝っている。そのさまは今季、初挑戦のトップカテゴリーで何度も目にしてきた光景だ。
J1は2巡目の対戦に突入し、対戦相手の研究も進むため、首位を快走する町田もさすがに息切れするのではないか。周囲にはそんな見立てもあったが、それを覆すように、後半戦の町田はここまで4戦負け知らず。後半戦のスタートだったヴィッセル神戸戦を、「負けてもおかしくなかった」(仙頭啓矢)スコアレスドローで乗り越えると、以降は3連勝でトップを走っている。
後半戦の序盤で勝利したG大阪も名古屋グランパスもオリジナル10の歴史あるクラブ。なぜJ1の猛者たちは、初昇格の“新興クラブ”に首位快走を許しているのだろうか。
柴戸海がゲームを俯瞰して感じた「勝ちに徹する」チームスタイル
もっとも、町田はJ1初昇格のクラブに似つかわしくないほど、トップチームの人件費に恵まれている。近年のJ1の戦績は人件費に比例するため、20億円超の人件費を有する町田が上位につけるのも首を傾げるような話ではない。
また勝利から逆算し、「相手が嫌がることを徹底する」“黒田ゼルビア”はJ1の中でも異質なチームだ。攻撃時はターゲットマンを生かしたロングボールを多用し、相手の陣形が整う前にボールを運ぶことが最優先。また相手陣地ではロングスローを含めたセットプレーで得点機を窺い、たとえそれが実を結ばなかったとしても、「相手の体力を削り、判断力も少しずつ落としていく町田のサッカー」(柴戸海)は相手の消耗を誘発していく。
ボール非保持の際は、球際の攻防とスピーディーな攻守転換にこだわり、ゴール前は徹底された守備意識で身体を張ってはゴールを死守する。「勝つ=守れるチーム」が黒田監督のチーム作りにおける方針だ。
期限付き移籍元の浦和レッズとの試合をスタンドから観戦し、町田のチームスタイルを一度客観視した柴戸は以前こう言っていた。
「勝ちに徹していますし、嫌がらせみたいなことをしてくる(苦笑)。相手にはしたくないですね」
柴戸が語る異質なチームスタイルに面を食らってきたJ1チームは、免疫がない分だけ、明確な勝ち方を探り当てることに苦労してきた。
なお今季4敗のうち、町田とチーム作りの方針が似ている“強度特化型”のサンフレッチェ広島や神戸を相手に喫した敗戦は、“強度の真っ向勝負”で町田が後手に回ったケースだ。また2点差をつけて町田に勝ったジュビロ磐田やアルビレックス新潟は、あえて町田が得意とする“土俵”で勝負し、その領域で凌駕した結果、町田をスコアで上回っている。
キューウェル元監督が問題提起したJ1全体のクオリティー
町田に敗戦を突き付けたチームの中に、ボール保持を志向する顔触れは皆無に等しい。新潟は保持志向の範疇に入るが、その新潟にしても、頭上をボールが行き交う展開も辞さなかったため、ボールを掌握した状況で町田を攻略できたとは言い難い。近年はボール保持にこだわりを持つJ1のチームが全体的に減っている傾向も無視できないが、1-3の逆転負けを喫した横浜F・マリノスのハリー・キューウェル元監督による言葉が興味深い。
「試合を通して、町田さんの身体の強さが多く出ていました。彼らの身体の強さを上回るパスワークを発揮し、シュートが枠を捕えることができれば話は別ですが、それができずにロングボールを多用し、我々にストレスをかけてくる相手のやり方を上回ることができませんでした。特に後半は中央でパスが通らず、ボールを奪われることも多かったですし、町田さんのハードワークが我々を上回っていました」
町田の強度を質で凌駕する。プレーヤーとしてのクオリティーで世界を魅了してきたキューウェル元監督特有の視点だが、そんな単純な話ではないからこそ、J1の猛者たちは町田に手を焼いてきた。
キューウェル元監督の見解は、J1全体のクオリティーに対する問題提起としても決して無視はできない。近年、日本人選手の海外進出が進み、選手の質を担保できないことが、ボール保持のクオリティー追求に舵を切りづらい遠因になっているのではないか。4シーズンにわたってJ2のファジアーノ岡山で強化部長を務めてきた原靖フットボールダイレクターは、5シーズンぶりとなるJ1の印象についてこう話している。
「ボール保持の質を追求したチームを作るには、選手の駒が足りない印象を受けます。少し前までは(ボールを動かす過程で)ミスが起きるようなことはなく、例えば以前の川崎フロンターレさんのように、全くボールが取れないようなチームもありました。ただ今はどこかで相手チームのミスが生じれば、我々がその隙を突くことにつながっています」
待ち望まれる町田を攻略するライバルの出現
“相手が嫌がることを徹底する”黒田流アプローチは、相手のプレー精度を狂わせる側面も強い。そのため、対戦相手が町田の高い強度を前に、本来のポテンシャルを発揮できないことも少なくない。近年のJ1の傾向を踏まえれば、黒田監督の志向するサッカーが結果につながりやすい。そんな因果関係があることも、町田の躍進を語るうえでは欠かせない要素だ。
そして、もう1つ。「もともと運はあるほう」と語る黒田監督に率いられたチームは、“豪運”にも似た勝負運を持ち合わせていることも大躍進を後押ししてきた。例えば第18節横浜FM戦から第23節東京ヴェルディ戦までの6試合がその代表例。直近6試合の町田は、相手の主力選手が累積警告や体調不良など、なんらかの理由で欠場する状況で戦ってきた。振り返れば、相手の主力選手欠場は、前半戦も“日常茶飯事”だった。
勝負運にも恵まれたチームに対しては、生半可な気持ちでは勝てない。4敗の敗戦傾向を参考材料として、神戸や広島のように、町田と“強度の真っ向勝負”を挑み、縦の推進力を発揮して2点以上を取るか。あるいは磐田や新潟のように、なりふり構わず、「町田に合わせてきた」(黒田監督)戦い方で攻略するほかないのかもしれない。
もちろんチームの質やボール保持のクオリティーで町田を攻略するライバルが現れるに越したことはない。ただ他チームのラインナップを見ても、セレッソ大阪や浦和レッズが最高潮に近いチーム状態で町田戦に臨み、ようやく勝機が見出せるレベルと言っては、大袈裟だろうか。その点で言えば、“監督交代ブースト”が期待できるうえに、外国籍3トップが復調してきた横浜FMは今節、町田撃破の刺客になり得る。
いずれにしても、リーグ戦の順位は相対的に決まる代物。町田ほど安定して勝ち点を稼げるライバルチームの数が乏しいことも、J1初昇格・初優勝を目指す町田にとっての追い風だろう。
J1の先輩チームがプライドをかなぐり捨ててまで“ストップ・ザ・町田”に躍起にならない限り、優勝争いは町田の“一人旅”になってしまう。そんな可能性すら秘めている。
(郡司聡 / Satoshi Gunji)