政府が185億円の支援を約束 女子W杯4強入りの豪州代表、国民の半数近くを熱狂の渦に巻き込んだ成功物語【コラム】
豪州国民の記憶に刻まれた主砲の一撃 TV視聴者数はシドニー五輪の記録を更新
オーストラリア・ニュージーランド共催の2023年FIFA女子ワールドカップ(W杯)は、オーストラリア代表「マティルダズ」が男女W杯を通して史上最高の4位と躍進し、興行的にも大成功を収めた。
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観客動員数は合計197万7824人(ニュージーランドを含む=米スポーツニュースサイト「The Sporting News」調べ)と、前々回のカナダ大会を上回って過去最高を記録。準決勝イングランド戦は、総人口の実に半数近くが視聴している。マティルダズが勝ち進むにつれ、普段はそれほどサッカーに関心のないライト層も巻き込み、愛国心に火を付けた。
オーストラリアは開幕前日、エースFWのサム・カー(チェルシー)が練習中にふくらはぎを負傷し、初戦からまさかの欠場を強いられる不運に直面した。1勝1敗で迎えた7月31日のグループステージB組第3戦、オーストラリアは勝たなければ敗退という瀬戸際に追い込まれたが、東京五輪金メダルの強豪カナダを4-0で撃破し、開催国の意地を見せて決勝トーナメントに進出。エース抜きで崖っぷちからのグループステージ突破、そして待望の復帰という起死回生のドラマは国民を高揚させた。
8月7日のラウンド16はデンマークを2-0で破り底堅くベスト8に進出したが、12日の準々決勝フランス戦は0-0のまま120分でも決着がつかない死闘となった。オーストラリアは息を呑む壮絶なPK戦を7-6で制し、男女を通してW杯初のベスト4進出を決めると、熱狂は最高潮に。シドニーの街角では、ナショナルカラーの金と緑のマフラーをまとった子どもたちが「Aussie, Aussie, Aussie! Oi, Oi, Oi!」(オーストラリアのスポーツ選手やチームを応援する掛け声)と連呼していた。
そして16日、シドニーのスタジアム・オーストラリアで行われた準々決勝のイングランド戦。0-1のビハインドで迎えた後半18分、ついにカーが最大の見せ場を作る。オーストラリアが自陣でのボール奪取からカウンターを仕掛けると、シンプルにボールをカーの元へ。ドリブルでスピードに乗ったカーは、相手DFを前に置きながらも約20メートルの距離から右足一閃。豪快な一撃を突き刺すと、全豪を歓喜の渦に巻き込んだ。
その後2点を奪われ決勝進出は逃したものの、テレビ視聴者数は公共放送「ABC」によると一時、1115万人と総人口(2670万人)の約42%に達した。これまで視聴者数が最も多かったのは、先住民出身の女子陸上選手、キャシー・フリーマンが金メダルを獲得した2000年シドニー五輪400メートル決勝だった。この記録を23年ぶりに塗り替えている。
スタジアムを埋めた7万5784人、全豪各地のパブリック・ビューイングやパブの観客、そして1000万人以上のテレビ視聴者を加えると、国民の半数近くが観戦していたことになる。23年前のフリーマンや水泳男子イアン・ソープらの勇姿と同様、カーの強烈なゴラッソは多くのオーストラリア人の脳裏に焼き付いたことだろう。
代表主要メンバーの声が国を動かす 首相が女子スポーツ振興に185億円の支援約束
カーは試合後の記者会見で「私たちは開幕前に『10年、20年と語り継がれるレガシー(遺産)を残そう』と話していた。それを達成することはできたと思う、フットボールを通して国を団結させることができた」と胸を張った。
加えて、カーら主要選手が口を揃えたのは、意外にも現実的なマネーの話だった。「私たちに必要なのは資金だ」――。男子と比べて資金提供が格段に少ないとされる女子サッカーへの支援を求めたのだ。
これに対し、アンソニー・アルバニージー首相は8月19日、2億豪ドル(約188億円)の国家予算を投じて女子スポーツの施設や設備の改善を支援する助成金プログラムを発表している。政権側が事前に用意していた可能性は否定できないが、構図としてはスター選手の「直訴」に国が応じた格好だ。
オーストラリアでは、女子サッカーは子どもの競技人口こそ多いものの、プロリーグは地上波でほとんど放映されないなど観戦スポーツとしてはマイナーな存在。そのため開幕前の盛り上がりは今ひとつだった。
開幕前のマーケティング施策がなかったわけではない。シドニーの地元ニューサウスウェールズ州政府は6月、代表的な建造物の1つ、シドニー・ハーバー・ブリッジを通行止めにして女子W杯を盛り上げるための広報イベントを開催。地上波の放映権を取得した民放「セブンネットワーク」は、シドニー湾のウォーターフロントに野外中継スタジオも特設した。
蓋を開けて見ると大成功を収めた要因は何か? オーストラリアのサッカー事情に詳しいブリスベン在住のライター、タカ植松氏は「熱心なフットボールファンや元々多い草の根プレーヤーといった岩盤層だけではなく、その家族やオーストラリアに住む参加国の人々が大挙して会場を訪れ、盛り上がりが熟成された。それに呼応する形でマティルダズが勢いに乗ると、一般層の熱度も急上昇していった」と話す。
草の根の熱い応援がマティルダズの活躍を促し、勝ち進んで多くの見せ場を作ったことが、最大のマーケティング効果を発揮したと言えそうだ。
ただ、植松氏は一過性の人気で終わらせないことが大切だと指摘する。
「この盛り上がりを女子フットボール競技のさらなる普及と強化につなげられるかが問われる。オーストラリアの女子フットボールは元々、競技スポーツとしての人気が高い。W杯で大きな成果を上げたことが、観戦スポーツとしての人気向上につながることを期待したい」
初栄冠の夢を4年後に持ち越したマティルダズだが、目先は2024年パリ五輪に照準を合わせる。五輪女子サッカー・アジア2次予選は10月26日、西オーストラリア州パースで行われるオーストラリア対イラン戦でスタートする。
(守屋太郎 / Taro Moriya)
守屋太郎
もりや・たろう/1993年に渡豪。シドニーの日本語新聞社「日豪プレス」で記者、編集主幹として、同国の政治経済や2000年シドニー五輪などを取材。2007年より現地調査会社「グローバル・プロモーションズ・オーストラリア」でマーケティング・ディレクター。市場調査や日本企業支援を手がける傍ら、ジャーナリストとして活動中。