女子W杯開催国の複雑なスタジアム事情 Jリーグとは対照的…建設をめぐる豪州国民の厳しい目【コラム】

女子W杯決勝の舞台にもなったシドニーのスタジアム・オーストラリア【写真:ロイター】
女子W杯決勝の舞台にもなったシドニーのスタジアム・オーストラリア【写真:ロイター】

スポーツ大国オーストラリアの動員力 ラグビー系2競技で年間1100万人超

 サッカーをはじめ、大規模スポーツイベントの舞台としてなくてはならない“スタジアム”。「FOOTBALL ZONE」では、競技のハード面に注目した特集を展開する。Jリーグでは現在、建設や計画が着々と進むなど“新スタジアムラッシュ”の様相を呈しているが、そもそも巨大建築物を造ることへのハードルの高さとは? 今回はオーストラリアを例に一筋縄ではいかない国内事情や市民感情をリポートする。(文=守屋太郎)

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 オーストラリア・ニュージーランド共催の2023年FIFA女子ワールドカップ(W杯)は8月20日、1か月間の熱戦に幕を閉じた。開幕前は今ひとつ盛り上がりに欠けていたが、オーストラリア代表「マティルダズ」が勝ち進むにつれて熱気は最高潮に。準々決勝の対イングランド戦では一時、テレビ視聴者数が約1100万人(公共放送ABC)と国民の4割以上に達し、女子W杯の観客動員数も約198万人(ニュージーランドを含む=米スポーツニュースサイト「The Sporting News」)と過去最高を記録。興行的にも大成功を収めた。そんなスポーツ大国オーストラリアでスタジアム建設をめぐる問題が相次いでいる。

 オーストラリアが実力、人気ともに世界屈指のスポーツ大国であることに異論はないだろう。小国を除く人口1000万人以上の主要国に限って比較すると、2020年東京五輪の人口比のメダル数はオランダに次いで世界2位を誇る(ウェブサイト「Medals Per Capita」)。

 一方、プロの団体競技では、日本では馴染みのない独自のルールを持つラグビー系の2競技が人気だ。楕円形のクリケット競技場で行う、蹴りの要素が強いオーストラリアン・フットボール・リーグ(AFL)は、コロナ禍前のピーク時に年間約760万人を動員。4回のタックルで攻守が入れ替わる展開の早い13人制ラグビーのナショナル・ラグビー・リーグ(NRL)は23年に過去最高の約350万人と、合計約1100万人を集める。なお、国内プロサッカーリーグ「Aリーグ」の動員数は152万人(2018-19年度)となっている。

 オーストラリアの人口が日本の約5分の1であることを考えれば、これらのプロスポーツの動員力は、年間試合数がはるかに多い日本のプロ野球セ・パ公式戦(約2654万人)、J1リーグ(約635万人=いずれもコロナ禍前の19年)と比べても、引けを取らない水準と言えるだろう。

 最大収容人数5万人以上のスタジアムはオーストラリア国内に6か所あり、収容力では日本の大型施設と変わらないか、むしろ規模が大きいものもある。形態としては、AFLとクリケット共用の楕円形と、主にNFLやラグビーユニオン(15人制)やサッカーに用いられる長方形の2種類。このうち楕円形では、メルボルン・クリケット・グラウンド(10万24人)、パースのオプタス・スタジアム(6万1266人)、アデレード・オーバル(5万3500人)、メルボルンのドックランズ・スタジアム(5万3359人)の順にキャパが大きい。長方形では、シドニーのスタジアム・オーストラリア(8万3500人=楕円形に変形可)、サンコープ・スタジアム(ブリスベン=5万2500人)がある。

築20年未満の五輪スタジアム改修は白紙撤回 タスマニアでも激しい反対運動 

豪州の人気スポーツであるオーストラリアン・フットボール・リーグ【写真:Getty Images】
豪州の人気スポーツであるオーストラリアン・フットボール・リーグ【写真:Getty Images】

 日本では、2024年開業予定の「エディオンピースウイング広島」(サンフレッチェ広島)をはじめ、主にサッカーに使用されるものだけで建設中や計画中の競技場が10か所以上。建設ラッシュの様相を見せているが、スポーツ大国オーストラリアはどうか?

 シドニー五輪のメイン会場として建設され、今回の女子W杯でも使われたスタジアム・オーストラリアの再開発をめぐっては、コロナ禍前にひと悶着があった。

 同スタジアムは、2000年シドニー五輪のメイン会場として6億9000万豪ドル(約650億円)をかけ、同市西郊ホームブッシュに建設された。当初は11万5000人収容の陸上競技場として造られたが、五輪後の03年には陸上トラックを撤去するなどの改修工事が行われ、収容人数は約3万人減ったものの、可動式スタンドの新設により長方形、楕円形の両方のスポーツへの対応が可能に。以来、NRL、AFL、ラグビーユニオンやサッカーの国際試合、大物シンガーのライブなど最大級のイベントに利用されている。

 ところが、築20年も経たない15年、地元ニューサウスウェールズ州政府は可動式屋根を備えたスタジアムに改修する構想を公表。民間企業に売却していた同スタジアムを買い戻し、17年には13億豪ドル(約1220億円)をかけて既存施設を取り壊して建て替える計画を明らかにした。

「建設から20年も経たないスタジアムの建て替えに、巨額の血税を投じるとはけしからん!」――。市民から反対の声が上がり、州政府は18年に建て替えを断念。予算を当初より5億豪ドル低い8億豪ドル(約750億円)にとどめる改修案に差し替えた。それも、20年には白紙撤回を余儀なくされた。「コロナ経済対策に予算を集中するため」というのが直接的な理由だが、強い反対運動がなければここまで二転三転することはなかっただろう。

 一方、南部タスマニア州でも最近、州政府のスタジアム新設計画に対し、予算の無駄遣いだと主張する反対派と念願のAFLチーム誘致を進めたい賛成派が、激しく対立している。

 AFLはメルボルン周辺の南部で人気が高い。タスマニアも「州民の79%がAFLファン」(英紙「ガーディアン」オーストラリア版)とされるAFLの牙城だが、州内にチームが1つもない。有力な選手は他州に流出していて、AFL誘致は長年の悲願だった。

 このため、同州の中道保守・自由党政権は昨年、AFLチーム誘致を念頭に、州都ホバートの港湾施設跡地の再開発エリアに2万3000人収容のスタジアムを新たに建設すると発表。25年に工事を始め、29年の完成を目指す計画だった。7億1500万豪ドル(約670億円)とされる建設費のうち、州政府が3億7500万豪ドル(約350億円)、借入金で8500万豪ドル(約80億円)、AFLが1500万豪ドル(約14億円)を拠出するとしている。

 中央の連邦政府も4月、残りの2億4000万豪ドル(約225億円)を提供することを約束した。これを受けて、州政府トップのジェレミー・ロックリフ州首相(自由党)は5月にAFLと協議し、スタジアム建設と引き換えに念願のAFL 19番目となる新チームの誘致に成功している。

 ところが、州議会最大野党の中道左派・労働党と急進左派の野党グリーンズ(緑の党)は、福祉や住宅に予算を振り向けるべきだとして建設に反対。5月13日にはホバート市内の州議会前の広場に数千人(豪公共放送ABC)の反対派市民が集まり、「ノースタジアム」「病院、住宅、医療、教育に予算を」などと書かれたプラカードを掲げて気勢を上げた。

 与党内からも造反者が出た。抗議集会の前日、2人の自由党議員が「州首相とAFLの取引は不透明だ」と疑問を呈して離党。与党は州議会下院で過半数を割って少数政権となり、予算が州議会の承認を得られない事態となった。建設計画は2年後の州議会選挙まで宙に浮き、場合によっては次期政権に破棄されるかもしれない。

オーストラリアのスタジアム建設は公共事業 無関心の市民には「税金の無駄」

 スタジアム建設計画が相次いで暗礁に乗り上げているのはなぜか。まず、オーストラリアではスタジアムのほとんどが、政府の公共事業であることが挙げられる。大学や病院、鉄道といった公共インフラの大半を連邦や州の政府が所有。スタジアムも前述の大型施設6つのうち5つが、州政府または州営公社がオーナーとなっている。冠企業の名前が付いたり、運営が民間に委託されたりするものの、財源はすべて税金だ。

 そのため、教育や医療、公共交通などはともかく、便益がプロスポーツのファンやコンサートの観客などに限られるスタジアムに公費を支出するのは、幅広い有権者の支持を得にくいという事情がある。一定の雇用創出は期待できるが、多くのスタジアムが市街地から離れた広い公園などに位置していて、観客は公共交通や自家用車で素通りするため、地元の商店や飲食店などへの経済効果も限られる。

 また、オーストラリアは連邦政府、州政府ともに、中道保守と中道左派が政権交代を繰り返す。2大政党制の弊害で、賛否が分かれるインフラ投資は政争の具になりやすい。選挙前は人気取りで大風呂敷を広げるものの後に予算オーバーで撤回したり、政権交代後に前政権の計画を廃案にしたり。スタジアムに限らず、空港や通信網、高速鉄道などインフラ整備がなかなか前に進まない例は過去にたくさんある。

 このように、スポーツ大国オーストラリアは動員力こそ高いものの、スタジアムは関心のない市民には「税金の無駄遣い」と映りがち。新設のハードルは高いと言える。

(守屋太郎 / Taro Moriya)



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守屋太郎

もりや・たろう/1993年に渡豪。シドニーの日本語新聞社「日豪プレス」で記者、編集主幹として、同国の政治経済や2000年シドニー五輪などを取材。2007年より現地調査会社「グローバル・プロモーションズ・オーストラリア」でマーケティング・ディレクター。市場調査や日本企業支援を手がける傍ら、ジャーナリストとして活動中。

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