「人間ブルドーザー」鄭大世の引退に寄せて 「自己肯定感の低さ」に悩んだゆえのエゴイストな姿

現役引退を表明した町田FW鄭大世【写真:(C) FCMZ】
現役引退を表明した町田FW鄭大世【写真:(C) FCMZ】

【識者コラム】鄭大世は不思議さを秘めた唯一無二のプレーヤー

 FC町田ゼルビアのFW鄭大世が10月28日、現役引退を発表した。今回のコラムはこのちょっと変わった選手について取り上げたい。

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 初めて大世を見たのは2006年、川崎フロンターレに入団した時だった。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国籍の選手というのも珍しかったが、何より不思議なプレーヤーだった。

 日本人選手はみんな共通意識として持っているプレーができない。固そうな身体でドシドシと走り、しなやかさはなさそうだ。ところがツボに入った時のシュートは思わず目を大きく見開いてしまうくらいのインパクトがあった。

 性格もそれまで知っているJリーガーとは違っていた。ニコニコしながら「次の対戦相手の弱点はどこですか?」と聞いてくる。「前節の試合を見たらコーナーキックの時のニアサイドにスポットがあったよ」と答えると、試合では言ったとおりのポジションに走り込み、豪快なヘディングシュートを決めてみせた。プロ選手が取材陣の言うとおりに動いて、しかもゴールを決めてみせるなんて初めての経験だった。

 素直で明るく頭の回転も速い。人当たりも良くて人気者にならないはずがなかった。

 だが、その後取材をじっくりと続けると、また別の一面が見えてきた。大世は常に苦しんでいた。彼を悩ませていたのは「自己肯定感の低さ」だった。

 たとえば、先発を外される。すると、ものすごい不安が大世を襲う。ゴールを決められなかったら絶望感でいっぱいになる。「もしかしたら自分はもうダメなのではないか」という気持ちが人一倍強い。試合に負けた夜、ずっと悩んで家に帰らなかったこともあると聞いた。

 だから、常に先発でいたい。毎試合ゴールを取りたい。いつもチームの中心でいたい。少しでも自分がセンターから外れたと考えた時、不安は裏返って闘争心になった。しかも抱えている不安が大きいので、外に向かって発散されるエネルギーも大きい。

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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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