「危機感しかなかった」 栗原勇蔵×登里享平対談…若手・旗手の台頭で明かす”本音”

川崎フロンターレDF登里享平【写真:高橋 学】
川崎フロンターレDF登里享平【写真:高橋 学】

【後編】レジェンド中村憲剛に並ぶ!? 在籍20年を新たな目標に

 スポーツチャンネル「DAZN」とパートナーメディアで構成される「DAZN Jリーグ推進委員会」との連動企画で、元日本代表DFとして活躍した栗原勇蔵氏は10月のJリーグ「月間ベストディフェンシブプレーヤー」に川崎フロンターレの登里享平を選出した。前編に続き、後編は優勝の感じ方の違いからチーム最古参としてのコミュニケーションの取り方まで、じっくりと語り合った。

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栗原 それにしてもフロンターレは本当に強いね。J1で4度の優勝、2度の連覇達成。なかなかできることじゃないと思うけど、登里選手自身は1度目、2度目、3度目、4度目と優勝を経験してみて優勝の感じ方って変わってきたりするものですか?

登里 やっぱり変わってきましたね。初優勝の時は、それまでずっとあと一歩のところで優勝することができていなかったので、もう本当に嬉しさしかなかったです。でも、回数を重ねるごとに、だんだんと優勝してホッとするというか、そういう気持ちが大きくなってきているのかなってすごく感じていますね。

栗原 そういうものなんだね。自分の場合は初優勝した時は、その場にいなかったんですよ。U-20日本代表でワールドユース(現U-20ワールドカップ)に出場するためにUAEに行っていた時だったんです。それで、代表の練習中に優勝が決まる試合が始まって。(GK)榎本哲也が開始15分ぐらいで一発退場しちゃったんで、「もう終わったな」と思っていたんです。そうしたら練習が終わった時に「マリノス、優勝したよ」ってスタッフさんに言われて、「え? なんで?」ってびっくりした記憶があります(笑)。

登里 その場にはいなかったんですね。

栗原 そう。だから、実は自分は初優勝の実感があまりありません(苦笑)。それに自分が試合にコンスタントに出てる時は優勝できなかったし、2019年に優勝した時もピッチにいなかった。2003年、2004年の連覇のときもまだ若手だったので、登里選手のように試合にバリバリ出てチームに貢献して優勝するという経験を味わってみたかったなあって思いますね。「どれだけ嬉しいんだろう?」って。それを知らないまま引退してしまったので。

登里 それこそ僕も初優勝の時は準レギュラーっていうか、怪我人が出たり、勝っている状況で、試合をクローズさせる役目として左の前でピッチに入ったりしていました。今までフロンターレに在籍してきて、ようやく手にした優勝という嬉しさももちろんありましたけど、それと同時に、先ほどは「嬉しさでしかなかった」って言いましたけど、どこかでチームに貢献できてないという気持ちもあって。2018年も同じような状況でしたし、3連覇を目指した2019年のF・マリノスが優勝した年に、エウシーニョ選手が移籍したタイミングもあって出場機会を得ることができたんですけど、結構試合に出ていたわりに優勝できなかったので、どうにかして自分の力でタイトル獲得に貢献したいっていう思いがありました。だんだんといろんな欲が出てきているなかで、やっと昨年から試合に出させてもらって、タイトル獲得できたことで「本当に貢献できたな」っていう思いがありました。

栗原 素晴らしいです! あと何回優勝できるんだろうね?

登里 本当に突き抜けていきたいですけどね、どこまでも。

栗原 羨ましいです。まだまだチャレンジができるというのは。

登里 そうですね。どんどん出てくるであろう若い選手たちの勢いというのは、たくましさもあり、僕にとっては怖い存在なんですけど、僕自身もまだまだ成長したいなと思っています。

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