19歳の涙と論争呼ぶ“PK人選”の背景 悲劇を知るサウスゲートが準備した緻密な戦略

イングランドの伝統に“逆らった”指揮官を今こそサポートすべき

 この失敗が本当に大きかった。直後にイタリアはレオナルド・ボヌッチが成功。そしてラッシュフォードが枠を外したPK失敗の残像が残ったサンチョ、サカは枠内に蹴ることだけに集中し、ドンナルンマが簡単に連続セーブした。敢えて言及すると、ジョーダン・ピックフォードがイタリア5人目のジョルジーニョのPKをセーブしたことで、サカの失敗がさらに残酷な瞬間になった。

 サウスゲートの試合直後の会見で見せた焦燥は、25年前の自分に起こった傷心の衝撃を、サカの号泣で鮮明に呼び戻してしまったからだろう。

 しかし、もしもドンナルンマの動きの逆を見事についたラッシュフォードがそのまま嘲笑うようにPKを決めていたら――。そこにサンチョも続けば、ジョルジーニョの失敗でイングランドが優勝、サカが5人目として蹴る場面はなくなり、サウスゲートの人選は“天才”と称賛されたに違いない。

 けれども結果は周知の通りだ。もちろん、キーンの指摘は大きく報じられ、またジョゼ・モウリーニョも19歳サカを5番目に置いたことに対し、「子供に蹴らせるなんて」と批判した。しかしそれ以外、今のところ英メディア上でサウスゲートの決断を非難する声は見当たらない。

 確かに延長戦終了間際にピッチに投入され、決勝の雰囲気に呑まれて試合に入れなかったという声もある。だが、PK戦のためにラッシュフォードとサンチョを温存し、練習で際立った19歳サカを抜擢したサウスゲートは、これまでのイングランドの伝統に逆らい、PK戦に戦略を持ち込んだ。

 結果的には苦汁を嘗めたが、イングランドは5年前のEURO決勝トーナメント1回戦(ベスト16)で伏兵アイスランドに1-2負けを喫して敗退しているのだ。そこからサウスゲートに代わった2018年ロシアW杯では準決勝進出を果たし、今回のEUROでは決勝進出を果たしたのである。

 DF出身で、守りを重視した保守的かつ現実的な采配をする監督で、やや善人すぎて強さに欠ける印象もあるが、もしもイングランドが近い将来にメジャー大会で優勝を勝ち取りたいと望むなら、誠実な人柄と真摯な態度で代表を率いるサウスゲートをFA、メディア、そしてファンが一丸となってサポートすべきである。

 それが今大会の準々決勝で“世界一”ベルギー、そして準決勝で良化したスペインを撃破して決勝進出を果たし、最後には代表の無敗記録を「34」まで伸ばしたイタリアと善戦する力を示したイングランドにとって最善の道だ。そしてそのためにはまず、今回のイングランド代表チームが一つにまとまって決勝まで進んだ“連帯”を手本として、PKに失敗した黒人3選手を的にかけ、SNS上で人種差別的な侮辱を繰り返す人間を一掃することが第一の道である。

 国を上げて、それこそみんなで、下らなくも汚らしい人種差別という卑劣極まりない意識を代表チームに向けさせないこと――。それが不可欠ではないかと思っている。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)


森 昌利

1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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