釜石初のJリーガーが中2で経験した3.11 被災地で夢を支えたサッカーの絆【#あれから私は】

地元・釜石市初のJリーガーは地元では「正直、ヒーローですね(笑)」

「プロになるためには強豪校に行かないとダメだなという気持ちがありましたし、選手権にも出たかったんです。同じ東北で岩手から近いのもありますし、全国大会に連続でずっと出ているのが青森山田でした。それに選手権で柴崎岳さんが準優勝した時(2009年度大会)の試合を見ていて、単純に凄いなって思ったんです」

 青森山田高校は、昨年末に開催された第99回全国高校サッカー選手権大会で、24年連続26回の出場を誇る東北を代表するサッカー強豪校だ。それゆえ人気校でもあり、部員数は100名を超える。決して理想通りにはいかなかったが、それでも高校2年時には選手権出場を果たした。

「なかなか上手くはいかなかったですけど、今思えば、逆にそれがすごく良かったなと思います。つらい時もありましたけど、やっぱり青森山田に送り出してくれた両親や地元の人たちに恩返ししたいという気持ちがあったので。その気持ちがあったので、つらくても全然頑張ることができました」

 菊池の言葉には“ポジティブさ”や“芯の強さ”を感じる。事実、「挫折という捉え方はしたことがない」と言い切る。「自分のなかでは当たり前の感覚」だと語るが、常に目線が前を見据えているからなのかもしれない。

 地元・釜石初のJリーガー。あの日から10年が経ち、釜石の街にも復興の兆しが見え隠れする。

「景色は毎年変わってきているし、復興してきているなって感じますね。自分にとって釜石は大切な場所ですし、自分が活躍することで地元の人たちがたくさん喜んでくれたらいいなと思います。僕は誰でもない自分というか、何にも縛られない自由な自分でいたい。そんな自分に憧れてほしいとかは思わないんですけど、でも自分が上に行くことによって喜んでくれる人たちがたくさんいたら、それが幸せかなと思います」

 地元に帰省すると、菊池は必ず自分が育った中学時代のチームに顔を出す。後輩たちと無心にボールを追いかけ、ただ一緒にサッカーを楽しむ。「地元に帰ると、正直、ヒーローですね(笑)」と笑顔を見せたが、それだけで菊池にとっては十分なのだ。

 この10年を「あっという間だった」と称したが、あの時、得られるはずだった時間を取り戻すかのように、菊池は今日もJリーグのピッチで思いっきりサッカーを楽しんでいる。

[プロフィール]
菊池流帆/1996年12月9日生まれ、岩手県出身。中学2年生の時に東日本大震災を経験する。東北のサッカー強豪校である青森山田高校に進学し、大阪体育大学を経て、2019年にJ2のレノファ山口に加入。昨年、ヴィッセル神戸に移籍した。188㎝の恵まれた体格を生かした空中戦と1対1の強さが特長で、昨年はACLでも活躍した。プロ3年目の今シーズンは自身初のJ1開幕スタメンを飾り、これからの成長と活躍に期待がかかる24歳。

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