VAR導入後の世界は幸せか? “SF的”な視点で「サッカーの未来」を大胆予想

科学技術の進歩がもたらした新たな問題 「肉体改造」が横行

 ところがAI判定を導入して数年後、激しいファウルに激高した選手が相手をぶん殴り、双方の選手たちとサポーターまでもが加勢する大乱闘事件が発生してしまう。この事件から、やはりフィールドにレフェリーは必要だという意見が出てきた。

 ちょうどその頃、技術の進歩によって主審はAI搭載のゴーグルを使えるようになっていた。このゴーグルさえ装着しておけば、正しく迅速なAI判定が主審に伝達される。すべてを機械に任せるのではなく、機械が人間を助けるというあるべき姿に戻るわけだ。

 ここでまったく異なる問題が浮上してきた。世界的なスーパースターが負傷する。昔なら再起不能の大怪我だった。だが、科学技術の進歩は素晴らしく、人工の腱と筋肉などを用いた再建手術が成功し、わずか数週間で復帰したのだ。そこまでは良かったのだが、スター選手のパフォーマンスは明らかに負傷前より向上していた。これは一種のドーピングではないかという声も上がったが、スーパースターの復活を喜ぶ声に勝るほどではなく、やがてこの件は忘れられた。

 数年後、別の選手が同様の医療技術を使って肉体改造を行った。やはりパフォーマンスの向上は明白で、さすがにこの時は負傷もしていないのに増強手術を行うのはフェアではないという意見が続出した。

 だが、その選手が所属するビッグクラブが「問題なし」で押し切ってしまった。負傷ならパフォーマンスを向上させられるのに、自分の意思で技術を使ってパフォーマンスを上げることができないのはむしろ奇妙だという理屈だった。この頃は、あらゆる機械や薬剤を使ってのパフォーマンス向上は容認されていたという事情もあった。

 世間一般でも、体内にカプセルを入れて体調管理を行うことが普通になっていて、医療技術を使ってパフォーマンスを向上させることへの嫌悪感は少なくなっていた。そもそも審判はすでに技術の力を借りて判定をしている、なぜ選手だけが技術の恩恵に預かれないのか――そんな意見が、ビッグクラブの総意だった。

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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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