ザッケローニ監督と一線を画すJ初のイタリア人監督の哲学 Jリーグで萌芽したもう一つの“カルチョ流”

90年代のイタリアのさまざまなシステムが顔を出す

 続く29日の名古屋戦では、1点ビハインドで迎えた55分から松田陸を投入した。送り出された松田は5本指を立てて、ピッチの中に入っていった。

 同月12日の広島戦では、4-3-1-2の陣形から守備時にアンカーを最終ラインへと吸収させて5-2-1-2に変更させる可変システムを用いていた。そのため、選手は負けている状況で後ろを5枚にし、さらに守備を固めろという意図だと思って一瞬驚いた。

 だが、松田は「5-2-3」と続け、選手たちには合わせて「両サイドバックは、攻撃のときに高い位置を取るように言われた」と伝令が回った。ピッチの選手はそれを伝え聞くと、サイドバックのアップダウンを増やし、より攻撃的な布陣へとシフトさせた。

 また、4月16日のナビスコ杯神戸戦は、4-3-3の布陣で臨み、前線からプレスを仕掛けて多くの決定機をつくっている。「影響を受けた」という革新的な90年代のイタリアのさまざまなシステムが顔を出す。好きなモノを集め、状況や時間帯に応じてシステムや人選を巧みに使い分けるのがマッシモ流なのだ。

 ただし、いくつもの布陣を使い分けるが、チームの形がないわけではない。開幕前のキャンプからベースとなる細かな約束事を決め、着るドレスによって守り方や攻め方をすこしずつ変えている。そして、かくも語る。

「現役時代は、チームに勢いを与えるため、中盤でボールを奪われないことと、取り返すことに全力を注いできた。だからこそ、私は選手たちに常に全力を求める。質の高い選手であっても、プロとしての姿勢を欠いてはいけない。私生活、食生活も含め、ありとあらゆるところでプロ意識を持って日々を送らなければいけない。そうすることで、本物のトッププレーヤーへと近づけるのだと思う」

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