レアルとJリーグを分ける“1メートル”「データだけではダメ」 アナリストに必要な「幽体離脱」

前Jリーグチェアマンの村井満氏(右)と中央大の渡辺岳夫教授【写真:増田美咲】
前Jリーグチェアマンの村井満氏(右)と中央大の渡辺岳夫教授【写真:増田美咲】

レアル・マドリードとJリーグの決定的な差

 2027年4月、中央大学に誕生する「スポーツ情報学部」では、スポーツの現場から得られるデータを題材に、データサイエンスとビジネスを横断して学んでいく。前Jリーグチェアマンで、現日本バドミントン協会会長の村井満氏は客員教授に就任。開設準備室室長の渡辺岳夫教授との特別対談の第3回では、Jリーグ時代に導入されたトラッキングデータが明かした日欧の差や、アナリストに求められる資質について語り合った。(全4回の3回目/FOOTBALL ZONE編集部)

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渡辺「村井さんがJリーグのチェアマン時代に、スペインの名門レアル・マドリードとJリーグのミドルパスのスピードを比較された話がありましたよね」

村井「懐かしいですね。なけなしのお金を払って、Jリーグのスタジアムに『トラキャブ』という防衛技術(ミサイルの追尾技術)を応用したトラッキングシステムを入れたんです。それまでの公式データはシュート数やイエローカード(第1種データ)でしたが、トラッキングによって位置情報と時間情報が分かるようになり、走行距離やスプリント回数、ボールスピードなど、データ分類で言うと、第1種から第7種まで、2000種類以上のデータが捕捉できるようになりました。

 そこで『なぜレアルは強くて、Jリーグはシュートが少ないのか』を分析してみたんです。確かにデータを見るとレアルはJリーグ平均を上回るシュートを打っている。じゃあ、なんでそのシュートが打てるのかというと、FWまでのパスの成功率が高いから。そこで、パスの成功率が高い理由を調べていったら、パススピードに行き着いたんです。

 計測すると、日本のパススピードはレアルより秒速1メートルぐらい遅かった。1秒間にレアルは11メートル進むのに、日本は10メートルしか進まない。その間にインターセプトされるので、シュート数がパススピードに因果関係があるというのが分かってきた。いかにパススピードを速くしていくかというロジックになっていくんですけど、これは客観データを取得して分析して分かる、ある意味サイエンスなんです。だけど、ディフェンダーがたくさんいる場所に、縦パスを入れるのは勇気が要りますよね。ロジック(客観)を理解した上で、コーチが日常のトレーニングで選手の気持ち(主観)に寄り添って、勇気を持っていくぞと伝えて結果が出る。この客観と主観のバランス、ミックスが重要なんです。『とにかく打て!』だけではダメですし、分析だけでもダメなんです」

渡辺「分析、アナリストの数やクオリティーについて、村井さんはどう認識されていますか? サッカーをはじめ、足りないと思いますか?」

村井「まだまだ足らないでしょうね。いま私はバドミントン協会にいますが、バドミントンってとても手軽な競技に見えるんですが、あらゆるスポーツの中で一、二を争うほど過酷な競技なんです。90分間ほぼ休むことなくコートを駆け回り、身体接触を伴わないにもかかわらず、膝の十字靭帯を切ってしまうようなことも多々ある。

 スマッシュの初速度のギネス記録は、時速500キロを超えるんです。大谷翔平選手の打球でも時速200キロいかないぐらいですよ。それをこの至近距離で、500キロ近い、400キロ普通にあるような超高速ショットと、ネット際にポトッと落としたりする緩急がある。これを動き続けながら、将棋や囲碁のように駆け引きをする総合格闘技、究極のブレインスポーツでもあるんです。だからバドミントンでは、シャトルの軌跡、トラッキングだけでなく、怪我の予防や回復のためのメディカル領域、コンディションを整えるフィジカル領域、メンタル領域、ブレイン、脳トレの領域、超高速カメラによるテクニカル解析まで総合的に分析していく必要がある。いまアナリストやメディカルなど、人々の総力を結集してチームを作っています」

アナリストに必要な「幽体離脱」の力

 現代サッカーでは、相手を分析するアナリストの存在がクローズアップされるようになった。日本代表も、2022年のカタールW杯前までは常時2人だった分析官も、カタールW杯後は4人に増員。今後もデータを選手や監督に落とし込むアナリストの存在は重要になる。

渡辺「アナリストを育てることを主目的にしているわけではないですが、結果としてこの学部からその道に進む子も出てくると思います。アナリストとして、一番大事な素養、持っていた方がいい素養について、何かお考えはありますか?」

村井「プレーヤーの頭や身体の中には『こういうプレーをしたかった』という残像があるんですよ。もうちょっと分析すると、感情、思考、行動、意思という4つの軸が存在しています。その表出したものが、プレーデータですが、アナリストに必要なのは、幽体離脱してプレーヤーの体の中に入り込み、『あなたはあの時、こうやろうとしていましたよね。でもデータ上の結果はこうでした。このギャップってこうですよね』と話さないといけない。いくら『データはこう言っているから、これをやりなさい』と言ったところで行動改善にはならないんです。プレーヤーに入り込み、その人の分身としてデータを読み込んでいくような力がないと『翻訳』できないということだと思います。

 プレーヤーを経営者に置き換えて考えてみたんです。経営者が『全社員一丸でこうなっていくんだ』と社内を結束しようと思ったんだけど、うまくいかなかった場合、笛吹けど踊らずみたいになりますよね。アナリスト的には経営者の立場になって行動改善をしていくのが本当の参謀であり、データの部分だけこねくり回して、360度評価では社長のことをこう言ってますよ、マーケティング的にはこうですよ、という二流のコンサルタントみたいなことをやってはダメなんです。様々なデータを読み込んで、選手や社長にどうやって幽体離脱していくのか。この力は相当汎用性が高いと思います」

渡辺「幽体離脱して翻訳する、面白いですね。客観としてデータがあって、プレーヤーの頭の中にある『こうするはずだったのに』という主観の間を埋めていく。客観データを適切に言語化して、選手に寄り添いつつ、実施に向けて一緒に考えていく。パートナー的な存在じゃないと、アナリストはダメなんでしょうね」

村井「プレーヤーが話をしてくれなければ、心を開いてくれなければ、どんなに正しいことを言っても伝わらない。ちょっと表現を変えると、主観と客観なんですよ。選手の外側にあるもの、データは客観なんです。主観というのは内から見るもので、先ほどの意思や感情、思考はすべて内面のものじゃないですか。外の客観と主観をつないで、行動を変えていくのが、アナリストのベースだと思います。それは客観にまみれた人ではできないし、主観だけの人にもできない。主観と客観、まるで動脈と静脈が心臓と循環していくような作業ができる人間を求めていると思います」

渡辺「非常に面白いですね。最近はEQと呼ばれるエモーショナル・インテリジェンス・クオーシェントという心の知能指数がありますが、何年か前にうちの大学でも入学時にEQに類似する概念を測り、卒業までにいかに高めることができるかという取り組みをしたことがあるんです。測定したら理工学部があまり高くないんです。要するに理系人材は、客観の世界というか、自分たちの頭の中でモデル化されているものを見ていて、どうしても情緒的な部分に対する育みが弱い子が多いというのが分かったんです。アナリストになる人材はおそらく理系出身が多いと思いますので、そういった感情や情緒の部分を育むことが大事なんだな、と。行動を変えたいと思う人の主観の世界に対して寄り添い、客観のデータを言語化して、コミュニケーションを取ることができる人材が重要なんだなとよく分かりました」

(第4回に続く)

(FOOTBALL ZONE編集部)



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