森保J入りした元同僚に「負けていられない」 原点回帰で復活…古巣のピッチで誓う悲願「自力で上がる」

ベガルタ仙台のウイングバックとして躍動する五十嵐聖己
日本代表の活動期間中も開催されるJ2リーグで、昇格候補のベガルタ仙台が今シーズン初の首位に立った。2-0で快勝した9月26日のいわきFCとの第8節では、昨シーズンまでいわきで主力を担った五十嵐聖己(せな)が右ウイングバックとして6試合ぶりに先発。雨中でも衰えない走力とタフネスさ、デュエルの激しさを敵地でフル稼働させ、仙台の攻守を支えた24歳のダイナモが初めて古巣と対戦した胸中を追った。(取材・文=藤江直人)
今年に入ってホームから敵地に変わったハワイアンズスタジアムいわきへの“凱旋”が近づいてくるたびに、ベガルタ仙台の右ウイングバック、五十嵐聖己は胸の鼓動が高鳴ってくるのを感じていた。
古巣となるいわきFCで、JFA・Jリーグ特別指定選手時代を含めて、2024シーズン以降の2年間でJ2リーグ計72試合に出場。右ウイングバックを主戦場としながら昨シーズンは6ゴールをマークした。
昨年末に完全移籍で加入した仙台でも、J2・J3百年構想リーグでフル稼働。全18試合に出場して3ゴールをあげて優勝に貢献した五十嵐は、地域リーグラウンドEASTグループAのベストイレブンにも選出された。
順風満帆だった新天地での軌跡は、秋春制のもとで8月に開幕した2026-27シーズンで一変する。第3節以降の5試合ですべてベンチスタート。そのうち3度でピッチに立てないまま試合終了を見届けてきた。
一転して栃木シティとの第7節でハーフタイム明けの後半から途中出場。自分のリズムとストロングポイントを取り戻してきたと手応えを深めていたなかで、五十嵐は敵として初めていわきと対峙した。
雨が降り続けるハワイアンズスタジアムいわきで、26日に行われたJ2リーグ第8節。主戦場の右ウイングバックで6試合ぶりに先発して、フル出場で勝利の瞬間を味わった24歳は試合後にこう語っている。
「今シーズンが始まって僕自身、うまくいっていないなかで徐々に自分の持ち味というものを取り戻してきたこのタイミングでいわきと対戦できた。このピッチでプレーできるのを楽しみにしていて、そのなかで出場機会が減っていろいろな感情がありましたけど、いまは何だか巡り会わせのようなものがあると感じています」
ノルディックスキーの国体選手だった父と、新体操の選手だった母の間に生まれ、姉もスキージャンプ選手というスポーツ一家で育った五十嵐は、生まれ育った福島郡山市の強豪・尚志高校から桐蔭横浜大学へ進学。4年生に進級する直前の2024年3月に、翌2025シーズンからJ2を戦ういわきへの加入が決まった。
さらに特別指定選手としてJ2リーグを戦っていた2024年7月に、卒業後の予定を前倒しする形でいわきとプロ契約。昨シーズンは右ウイングバックを主戦場としてリーグ戦で全38試合出場を果たした。
そのオフにオファーを受けた仙台への移籍を決めた五十嵐は、ちょっとした不安を抱えていた。
J1昇格プレーオフへ進出圏内の6位で迎えた昨年11月29日のJ2リーグ最終節。仙台はいわきに苦杯をなめて圏外の7位へ転落して終戦を迎えた。両チームともに無得点だった後半37分に決勝点となる先制ゴールを決めた五十嵐は、昨シーズン最多の1万8502人で埋まった敵地ユアテックスタジアム仙台を静まり返らせた。
実はこの一戦で感じた、武者震いにも近い思いが五十嵐に同じカテゴリーへの移籍を決断させた。
「J2で仙台と対戦しながら、このチームはJ1で戦わなければいけないチームだと思っていました。特に昨シーズンの最終節でスタジアムから伝わってくる雰囲気は本当に日本ではあまり考えられないくらいの熱さがあった。交渉で伝わってきた熱意もすごかったし、僕もここで結果を残したい、J1へ昇格させたいと思いました」
同時にヒールでもある自分を、仙台のファン・サポーターは快く受け入れてくれるのか。一抹の不安を覚えていた五十嵐は、今年1月の新体制発表会見でこんな挨拶とともに仙台での第一声を切り出している。
「最終節ではすみませんでした」
会場の大爆笑とともに一気に新天地のハートを射止めた五十嵐は、続くJ2・J3百年構想リーグを通して必要不可欠な存在となった。森山佳郎監督は「ひと言で表現すれば本当にタフ」と五十嵐を称賛していた。
「連戦になってもほとんど痛まないほど頑丈な体をしている。プレー面でも強気で縦へ突破してクロスを放つシーンだけでなく、何と言ってもフィジカルコンタクトのところで絶対に負けないですからね」
しかし、藤枝MYFCとの開幕戦で敗れ、大分トリニータとの第2節でも引き分けた新シーズン。3バックを採用する両チームの左ウイングバックと対峙した五十嵐は、自らのプレーの選択肢が少ないと思い悩んだ。
森山監督の第3節以降から、右タッチラインから内側に入ってもプレーできる中央大学卒のルーキー杉山耀建を右ウイングバックで起用。仙台が勝ち始めた軌跡も五十嵐のなかで生じた焦りを増幅させた。
「杉山のプレーを見て、五十嵐も『自分もうまくやらないといけない』とちょっと悩める感じになって、自分のプレーの良さというものを出せなくなった時期があった。自分の強さは何だ、自分の武器は何だと繰り返してきたなかで、先週くらいからようやく本人も吹っ切れて、前節では後半をプレーしたなかで今日はいけるかな、と」
慣れ親しんだスタジアムへ乗り込み、古巣と対峙する一戦へ五十嵐はこんな思いを抱いていた。
「最初は拍手されるのか、ブーイングされるのかのどちらかだと思っていたんですけど……」
待っていたのは拍手と声援だった。キックオフ前のメンバー発表でも、試合後に挨拶へ向かったときも温かく迎えられたなかで、放ったシュートが1本、有効なクロスも供給できなかった90分間で反省点をあげる。
「(拍手と声援は)本当にうれしかった。プロをスタートさせた初めてのクラブとしていまも強い思い入れを抱いているし、数多く試合にも出させてもらって、いろいろな経験ができて、自分が成長するにあたって本当に特別なチームだと思っている。だからこそ、仙台で成長した姿をアシスト、ゴールという部分で見せたかった」
2025シーズンをともに戦ったDF石田侑資は、五十嵐とほぼ同じ時期にJ1の京都サンガF.C.へ移籍し、MF石渡ネルソンは保有権をもっていたセレッソ大阪を経由してベルギーのシント=トロイデンへ移籍。昨夏に横浜F・マリノスへステップアップしたFW谷村海那は第3次森保ジャパンに抜擢されて代表デビューも果たした。
「刺激になるし、侑資とは連絡も取り合っているので僕も負けていられない。海那くんが代表に選ばれたように、いわきで育った選手が活躍すればファン・サポーターも喜ぶはずなので、僕も続いていきたい」
五十嵐が目指す姿は2021シーズンを最後に遠ざかっているJ1へ仙台を昇格させて、国内のトップカテゴリーで活躍する姿。そして、いわきに2-0で快勝した仙台は、8試合目で今シーズン初の首位に立った。
「今シーズンは優勝してJ1へ昇格する目標をみんなで掲げている。他会場の結果はやはり他力だし、自分たちが目の前の一戦一戦をしっかりと勝っていけば上にいけるので、自力で上がれるように頑張っていきたい」
思い悩んだ末に「走って、戦って、球際でも強くいく」へ原点回帰した五十嵐は、古巣と対峙した90分間で自身の存在価値をさらに鮮明にしながら、右タッチライン際のダイナモとして仙台の攻守を支えていく。
(藤江直人 / Naoto Fujie)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

















