元代表コーチに「本当に驚かされた」 ランチ→夜7時まで白熱議論…観客のヤジに「喧嘩しそう」

甲府時代に大木武から受けた感銘
現在、ジュビロ磐田U-21監督兼U-18監督を務める安間貴義氏の指導者キャリアは24年にも及ぶ。その中で大きな転機となったのが、2005年、ヴァンフォーレ甲府での大木武氏との出会いだ。「本当に驚かされましたね」。そう語る安間監督はどのような影響を受けたのか。甲府時代を振り返る。(取材・文=いしかわごう/全7回の3回目)
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2005年、J2ヴァンフォーレ甲府のコーチに就任する。
そこで大木武との運命的な出会いがあった。
現在も交流が続く間柄だが、もともとは親しかった仲ではない。清水エスパルスのコーチだった大木とは、サテライトチームの練習試合を通じて面識がある程度だった。甲府の強化部から声をかけられ、監督になる大木も了承したことで、安間はコーチに入閣することになったのだ。
当時のヴァンフォーレ甲府は、典型的な地方のクラブだった。クラブハウスはなく、練習場は公共施設を転々とする日々。だが、そこにはどこよりも熱いフットボールの議論があった。
「タケシさんには本当に驚かされましたね。世の中に、これだけサッカーに対して情熱と時間を注ぎ込める人間がいるのかと。練習が終わると、クラブハウスがないからスタッフみんなで近くのファミレスに行くんですよ。ドリンクバーを頼んで、ランチを食べながらサッカーの話を始める。議論が白熱しすぎて、気づいたら夜の7時になっているんです。『もう夕食じゃん!』って(笑)。僕とタケシさんが2人で喋り倒しているのを、周りのコーチたちはずっと聞いていましたね」
大木武という指揮官の凄みは、その深い知識以上に「他者の思考を引き出す対話力」にあったと安間は振り返る。
「あの人は質問が本当に上手いんです。人の考えをどんどん引き出してくれる。タケシさんは、まず自分に状況を喋らせる。言わせておいて、自分の考えと突き合わせて『いや、こっちだな』って整理していくんです」
大木は「サッカーはエンターテインメント」の信念を持つことで知られ、スタンドの観客も常に意識していた。そこで結果も両立させ、2005年に甲府のJ1昇格を成し遂げている。クラブの予算規模を考えると、奇跡と言っても過言ではなかった。
2006年と07年にJ1で戦っているが、当時の甲府の代名詞となった戦法が「クローズ」だ。ピッチの片側に意図的に密集を作り、スモールフィールドをショートパスで突破する特異なスタイルである。これも終わりのない対話と分析の中から生まれたものだった。
「あるとき遠征先のホテルでタケシさんが『なんで勝てねえんだ!』って頭を抱えて、過去の試合のDVDを全部部屋に持ってこさせたんです。自分とタケシさんの2人で画面をボーッと見つめて、GKコーチが一生懸命ディスクを入れ替えながら何時間も見続けていたら、ふと分かったんですよ。『タケシさん、チームが同サイドに偏って密集してるとき、めちゃくちゃ強いですよ』って」
サッカーにおいては、ピッチを広く使い、狭い局面では素早くサイドチェンジを行う展開が良しとされている。しかし、安間と大木はその常識を疑った。
「相手は4-4-2で綺麗にゾーンを作って構えている。でも、こっちがピッチの片側、狭いエリアしか使わなければ、逆サイドにいる相手の選手たちはプレーに参加できない。だったら全員でそこへ突っ込んでいけばいいじゃん、と。数的有利が作れるし、密集の中でパスをつないでいる練習の意味が、ピッチでそのまま発揮される」
味方同士の距離が近すぎると、どう見てもバランスは悪い。しかし、その偏りを恐れなかった。どこかのエリアで数的優位を作り、細かくパスを回して局面を突破していく。セオリーを無視した同サイドへの過密化に、スタジアムからは「早く前に進め!」、「サイドチェンジしろ!」というヤジがよく飛んだ。だが、大木も安間も意に介さなかった。
「日本人はなぜかサイドチェンジを褒め称える国じゃないですか。でもタケシさんは周りの声なんて一切気にしなかった。むしろスタンドからヤジが聞こえたら、スタンドに向かって走っていって喧嘩しそうになるくらい(笑)。あの人のブレなさは本当にすごかった」
なお甲府を退任した後、大木は岡田武史監督に誘われて日本代表コーチに入閣している。当時の岡田が掲げていた「接近・連続・展開」というフレーズは、スモールフィールドで勝負するクローズ戦法の影響があったことを感じられるコンセプトだった。
コーチとして濃密な時間を過ごしていた2007年、安間はクラブからJFA公認S級(現在のPRO)ライセンスの取得を求められる。J1を戦っていた甲府において、大木に不測の事態があった際にチームを率いる有資格者が必要だったからである。
「タケシさんに何かあった時にS級を持っている人がいなきゃいけないからってクラブに言われました。J1の2年目で、残留争いで大事な時期だったから『そんなことやっている場合じゃないのに』って思ったので、『俺はいいです』って断ったんだけど、タケシさんも『行ってこい』って言うから仕方なく行ったんです」
ただライセンス講習会で教えられる机上の理論より、日々ピッチで直面する現場の方が、知的好奇心を遥かに刺激した。例えば当時のJ1で対戦した川崎フロンターレのFWジュニーニョ。この年のJ1得点王になる快速ストライカーのスピードと破壊力は、まさに机上の理論を粉砕するものだった。
「うちの選手がジュニーニョに3人ぶち抜かれたのを見て、どう止めるかを現場で考えている方がはるかに楽しかった。ジュニーニョがどれくらい速いのか、1対1をやってみたかったぐらい(笑)。1人に3人がぶち抜かれるような理不尽に対する対処法なんて、ライセンス講習では教えてくれませんからね」
安間にとって、何より刺激的だったのは、ピッチの現場で起きるリアルな事象と格闘することだった。その眼識は、現場でさらに研ぎ澄まされていった。(文中敬称略、第4回に続く)
(いしかわごう / Go Ishikawa)

いしかわごう
いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

















