J助っ人が学んだ「本当の振る舞い」 欧州カップ戦に出場→舞い込んだ日本移籍「新しいサッカーに」

インタビューに応じたRB大宮のカルリーニョス・ジュニオ【写真:轡田哲朗】
インタビューに応じたRB大宮のカルリーニョス・ジュニオ【写真:轡田哲朗】

カルリーニョス・ジュニオが歩んできたキャリア

 J2開幕から第7節を終え、3勝4分の無敗で首位から勝ち点2差のRB大宮アルディージャ。その前線でチームを牽引するブラジル人FWカルリーニョス・ジュニオは、8月の月間MVPに選出された。すでに日本でのプレーが7年目になるストライカーのキャリアには、「初めてプロサッカー選手としての本当の振る舞いを学んだ」と語るターニングポイントがあったという。(取材・文=轡田哲朗/全2回の1回目)

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 ブラジルの主要都市リオデジャネイロで生まれると、4歳でパラナ州に移ったというカルリーニョスは「リオデジャネイロ生まれの人を『カリオカ』、パラナ州生まれの人を『パラナエンセ』と呼ぶんですけど、どちらかというと僕はパラナエンセに属していると思いますね」と話す。そして、地元クラブのパラナ・クルーベで下部組織から昇格し、プロサッカー選手としてデビューした。

 なかなか出場機会を得られなかったというカルリーニョスは、3年後に自身を知る監督が率いるパライバ州のボタフォゴへ移籍した。「自分に対して強く要求してくれる監督でした。それは自分にとって、すごくありがたかったですね。監督から求められたものに応えようと、日々の練習から取り組みました」と話す。こうした、カルリーニョスにとっていわば「下積み」の時期をこのように振り返っている。

「自分自身を示さなければいけない、大切な時期でした。人間としての成長もそうですし、プロ選手として活動するなかで、求められるものに応えなければいけないという、非常に高いハードルがあったんです。ただ、そこから逃げずに立ち向かう自分がいました。求められることにしっかり応えようという姿勢を常に持っていたし、苦しい時期がかなりあったからこそ、人としても選手としても成長につながったと思います」

 そして2017年にカルリーニョスはスイス1部のルガーノへ移籍する。欧州の舞台へ移籍して感じたのは、ブラジル時代と違う厳しさが求められることだった。

「ヨーロッパへ渡り、そこで初めてプロサッカー選手としての本当の振る舞いを学びました。それまでも自分ではプロの選手だと思っていましたけど、海外へ出ると基準が違いました。みんながプロフェッショナルで、身体のマネジメントなども徹底していました。それを初めて目の当たりにし、自分もやらなければいけないと気付きました。どの時期にも困難な道はありますけど、どのようなことをしてアスリートであり続けるべきなのかを考えるようになりました。自分の中でカチンと鍵が回ったような感覚というか、大きなターニングポイントになったのが、スイスのクラブでした。

 1人の選手としてスイスへ行った時に、国民が規律正しく生活していることは、非常に重要な要素だと感じました。それによって、人間としても成長できたと思います。例えば、練習への遅刻など、時間に対する規律はスイスではとても厳しかった。ブラジルでも遅刻は良くないですけど、『今回だけだよ』となることも結構あります。スイスでは、遅刻は相手へのリスペクトを欠く行為だと捉えられます。その環境へ順応し、時間や規律に対する考え方を学びました。人間としてしっかり立てるようになったのも、そこでの経験があったからだと思います」

 カルリーニョスはルガーノで約3年間プレーし、その間に2回UEFAヨーロッパリーグ(EL)に出場している。いずれもグループリーグで敗退だったが、2回目となった2019-20シーズンでは3試合ともスタメン出場する主力としてプレーしていた。そのようなタイミングだった2020年に日本から舞い込んだオファーをどう受け止めたのか、当時の思いをこう語っている。

「当時のスイスではバーゼルとヤングボーイズが非常に強く、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)にも届きませんでした。現在はかなり強いチームになっていますけど、当時のルガーノはまだ成長の途中で、そこまで手が届きませんでした。当時の会長と、『自分が出せる力はルガーノで出しきった』という話をしたんです。会長からチームの状況なども聞かせてもらい、そのタイミングで清水エスパルスからオファーをいただきました。新しい土地で、新しいサッカーに挑戦したいという気持ちが強くあり、話し合った末に清水へ行くことを決めました」

「総括すれば、スイスでの在籍は非常に重要なものだったと思います」と振り返るカルリーニョスは、こうして日本へやってきた。5シーズン在籍した清水では最後の年にJ2からJ1への昇格に導き、千葉でも昨季にJ1昇格を経験してJ1百年構想リーグもプレーした。しかし、その本番とも言える2026-27シーズンを前に、大宮への移籍が決まる。その決断の背景には世界的なネットワークを持つ「レッドブル」の存在があるのだという。(第2回に続く)

(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)



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