初戦敗退のインターハイは「甘さが出た」 悔しさから生まれた覚悟…高卒プロへ誓い「影響力のある存在に」

米子北3年・熊野俊典「高校生相手に空中戦や1対1で負けていたらプロにはなれない」
静岡学園の優勝で幕を閉じたインターハイ。この大会で輝きを放って自信を掴んだ選手、悔しさを味わった選手。悲喜こもごものドラマの中で、さらなる成長を誓った選手たちの姿を描いていきたい。今回は、日章学園に1-2の初戦敗退を喫した米子北のキャプテン・熊野俊典。1年生から強豪・米子北の最終ラインを支え続けてきた熊野にとって、今大会は『人生を変える大会』だった。しかし、その結果は理想とは大きくかけ離れたものとなった。
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「覚悟の割には甘さが出た大会でした」
そう唇を噛んだ熊野は、高校最後の夏に強い決意を抱いている。
「高校最後の学年ということもあって、米子北の歴史を変える(初の全国制覇)という気持ちで臨みました。インターハイはそれだけではなく、自分の進路にも直結する重要な大会だと思っていたので、不甲斐なさしか残らず、負けた瞬間はもう言葉が出なかったです」
8月6日から石川県で開催されている和倉ユースサッカー大会。そこには、より引き締まった表情で最終ラインを統率する熊野の姿があった。
1年生から主軸CBとして堅守・米子北を支えてきた。最高学年を迎えて空中戦や対人守備にさらに磨きをかけ、ラインコントロールやチャレンジ&カバー、ビルドアップの面でも大きく成長。多くの強豪大学から声がかかる中、インターハイ前にはJクラブの練習に参加。そこで目の当たりにしたプロ意識は、彼に大きな刺激を与えた。
「プロの選手は意識が全然違いました。練習参加中に試合があったのですが、試合前も試合後も身体としっかり向き合い、準備やケアを徹底していたんです。選手同士でも試合で出た課題について真剣に話し合っていて、この瞬間に懸ける思いが本当に強かった。僕は試合に出られて当たり前とか、自分が重宝されるような環境ではなく、厳しい環境に身を置いてプレーしたいと思っていますし、何より、この意識を持つ集団の一員になりたいと思いました。そこから高卒プロへの思いはさらに強くなりました」
自分の性格を理解しているからこそ、プロの世界への憧れだけではなく、自らを追い込む環境に身を置きたいという思いが芽生えた。さらに、その思いを後押ししたのが北中米W杯だった。学校で行われたパブリックビューイングで、プロサッカー選手が持つ影響力を改めて実感した。
「(米子北の)先輩の佐野海舟選手のプレーを見て大きな刺激を受けたのはもちろんですが、パブリックビューイングではサッカー部員だけではなく、一般生徒のみんなとも一緒に観戦しました。サッカーを知らない人たちもすごく盛り上がっていて、その中で卒業生の海舟選手が活躍する姿にみんなが勇気をもらっているのが伝わってきたんです。改めてプロ選手の影響力の大きさを感じましたし、自分もそういう存在になりたいと思いました」
もちろん、思いが強いだけで目標に届くほど甘い世界ではない。自分と向き合い続け、課題を克服し、長所をさらに伸ばす。その積み重ねを止めることなく、貪欲にサッカーへ打ち込むことが求められる。インターハイ初戦敗退の悔しさと、自身の甘さを突きつけられた現実を胸に刻み、熊野は強烈な反骨心を抱いて前へ進んでいる。
和倉ユースでは国士舘高を相手に大量リードを奪う展開の中でも、熊野は2年生CBの成田天夢らへ何度も声をかけ、守備に綻びが生まれないようコーチングを続けた。リードしていても、一瞬たりとも隙を見せることはなかった。
「高校生相手に空中戦や1対1で負けていたらプロにはなれない。日章学園戦では、1本を決め切ること、1本を止め切ることの大切さを改めて痛感しました。だから、どんな試合でも1本にこだわり、集中して戦い続けることを自分に課しています」
大会後には、別のJクラブの練習参加も控えている。未来を自らの手で切り拓くために――。熊野は揺るぎない覚悟を胸に、高校最後の夏を全力で駆け抜ける。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。





















